「医師は冷淡だ」と感じるのには理由がある 患者は感情をどこにぶつければいいのか?

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ある事件が起きれば、その事件に関して双方がどのような感情をもったかを伝え合い、対話をすることによって、人間的な交流は成り立ちます。そこから、事態にどう対処するのか、お互いに意見を出し合うことが可能となります。

そのようにとらえると、患者と医療者の協働作業が要求される医療の場では、医療者が感情をいかに押さえ込み押し殺すのか、隠すのか、取りつくろうのかではなく、自分の感情をどのように伝え、また相手の感情をどう受け取るのかが大切になります。そのことが患者と医療者の対話を成立させ、協働する関係を強化するからです。医療者だけでなく、患者も自分の感情を伝えることが大切です。

医療は、病気という事件が起きたときに、患者さん、患者家族・その他関係者と医療職が協働で対処しようとするための社会の仕組みです。患者に起きた病気という事件をめぐって、患者と医療者はお互いに事実だけを情報として伝えるのではなく、事件がもたらした感情をお互いにうまく伝え、共有することにより、人間的に豊かなコミュニケーションが成立します。

重要なのは、協働するためにお互いの感情を伝え合い共有するという意識を患者と医療者の双方がもつことです。感情の共有とは、怒りなどの感情をぶつけて相手を打ち負かすことではないし、自分の感情を過度に表出して相手に自分の要求をきかせることでもありません。また、突然の変化に驚いてしまい、相手を困惑させ、冷静に対応できなくなるようでは困ってしまいます。

必要なのは、感情をコントロールして伝える技術

つまり、必要なのは感情をうまくコントロールしたうえで相手に伝える技術です。対立する関係、あるいは依存する関係にあれば、感情の表現は過剰なものとなってしまいますが、協働する水平の関係性をもつことができれば建設的な対話が可能となります。

自分の感情を伝えるという意識をもったとき、感情に揺り動かされる心も少し落ち着きを取り戻します。自分の感情を伝える相手を見つけることが大切になりますが、それを医療者の中に見つけることは難しいかもしれません。そんなときには、家族や友人に話してみるだけでも結果は違ってきます。

とはいえ、自分の悲しみや不安は親しい人に対してもなかなか打ち明ける機会が見つけにくいもの。そこで私は、患者さんが感情を伝えるための練習の場も必要かもしれないと考え、「慢性病患者ごった煮会」という誰でも参加可能な集会を定期的に開催しています。

医療者の中で感情を伝える相手を探そうとするなら、医師よりも看護師のほうが適切かもしれません。医師のほうが時間的な余裕を持ちにくいという面もありますが、看護師は医師よりも傾聴についてよく教えられていますし、最初からそのようなことを目指して看護師になる人も多いからです。もっとも、多忙な医療の現場では、看護師もゆっくり話など聴いていられないという状況にあることも確かですが……。

患者と医療者が感情を伝え合い、共有しようということは、私の考える理想論ではあります。患者と医療者が協働の関係を創り、感情をうまく伝え合うことができれば、現代の医療はもっと人間的なぬくもりのあるものとなることは間違いありません。そして、慢性病や障害を抱える患者にとっても、より豊かな療養生活を送ることが可能になるでしょう。

加藤 眞三 慶應義塾大学看護医療学部教授

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かとう しんぞう / Shinzo Kato

1956年生まれ。1980年に慶應義塾大学医学部卒業。1985年に同大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学(医学博士)。米国マウントサイナイ医学部研究員、 東京都立広尾病院の内科医長、内視鏡科科長、慶應義塾大学医学部・内科学専任講師(消化器内科)などを経て、 2005年より現職。著書に『患者の生き方』『患者の力』(ともに春秋社)などがある。毎月、公開講座「患者学」を開催している。
 

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