「医師は冷淡だ」と感じるのには理由がある 患者は感情をどこにぶつければいいのか?

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医学の教科書に、感情を抑制しなければならないとは明文化こそされていませんが、医療者の間では彼らが感情労働であることは不文律のように語り継がれてきました。日本赤十字看護大学の教授であった武井麻子氏は、その様子を次のように表現しています。

「たとえ相手の一方的な誤解や失念、無知、無礼、怒りや気分、腹いせや悪意、嫌がらせによる理不尽かつ非常識、非礼な要求、主張であっても、自分の感情を押し殺し、決して表には出さず、常に礼儀正しく明朗快活にふるまい、相手の言い分をじっくり聴き、的確な対応、処理、サービスを提供し、相手に対策を助言しなければならない」「その職業や職場にふさわしい、適切な感情というものが規定され、それからはずれる感情の表出は許されない。また、たとえ適切な感情であっても、その表出の仕方や程度に職務上許される一定の範囲がある」(武井麻子「感情と看護」医学書院 2001年)

「感情を押し殺し」「患者に共感せよ」矛盾する教育

ただし、最近では「医療者は患者さんの気持ちに共感せよ」と感情を共鳴させることも求められるようになりました。つまり、矛盾するメッセージが医療者に教育され、届けられているのです。 

病院の運営上、経営者や職場の上司は、医療者が患者と問題を起こさないために感情労働が必要と考え、医療者自身は、科学的に論理的にあろうとし、冷静に医療を行おうと考え、患者の側も、医療者にそれを望む現状では、その方向は変わりそうにありません。

「医療者は患者の前で涙を見せてはいけない」という口伝は医療者の間でかなり広く浸透し、患者の側も、医療者はつねにニコニコして愛想がよいことを、そして、怒りや悲しみは表さないことを漠然と求めてきたかもしれません。白衣の天使として表現される看護師は、そのようなイメージで語られることも多いし、それにあこがれて看護師になる人も多いのです。

しかし、感情を抑圧して表さないという目標を猪突猛進に突き詰めると、感情を押し殺して機械的な対処で済ませるというところに行き着きます。そのことが、現代の医療を人間的ではないものにしてしまっている可能性があります。

コミュニケーションで大切なのは、情報の伝達と感情の表現です。人としてのコミュニケーションでは、感情を抜きに語ることはできません。

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