韓流ケータイ大上陸! 本気になった巨人サムスン

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「消費者ニーズが細分化されていて多岐にわたるほか、既存製品の品質が非常に高い。世界中を見渡しても日本ほど難しい市場はない」。日本担当の朴常務は眉をひそめる。「サムスンは欧米で、壊れにくい、通話が切れにくい、砂漠に1年埋もれていても使えるなどの耐久性が評価されてきたが、日本のキャリアが求める品質はどの市場よりも高い。この困難な市場で高シェアを占めるシャープ、パナソニックモバイルを心から尊敬している」(朴常務)。

たとえばパナソニック製の「VIERAケータイ」。画面が縦にも横にも開く携帯電話だ。同じ仕組みの製品はサムスンにもあるが、「画面を開け閉めするちょうつがいの作り込みは誰もまねできない」と朴常務は驚嘆する。「携帯電話の外側を好きな色に自由に替えるという『着せ替えケータイ』という発想自体、日本以外にはなかった」(朴常務)。

 世界最大の化粧品会社、ロレアルから携帯電話のマーケティンググループ長として1年前に引き抜かれた李英煕(イヨンヒ)常務は、「最先端の日本市場で愛されれば、その端末は世界中で間違いなくヒットする」と、日本を実験台とした海外への横展開に意欲を見せる。やみくもに日本でのシェアを追うのではなく、「最先端の日本で売れた」を巨大市場の海外でウリにする腹づもりだ。

量から質への転換。「新経営」のDNA

「家族以外はすべて変えろ」。李健煕(イゴンヒ)・前会長が1993年に打ち出した量から質への経営方針の転換、いわゆる「新経営」を集約した言葉だ。その象徴となったのが95年の「携帯電話放火事件」。主要幹部に送った携帯電話の性能が思わしくなかったため、当時の李基泰(イギテ)情報通信統括社長は2000人の従業員が見守る中で携帯電話に火を放った。

李前社長は、「壊れやすい」というイメージ払拭のために、顧客の目の前で携帯電話を床に叩きつけ、踏みつけた名物社長だ。放火事件をきっかけに携帯電話部門は「質の重視」に邁進。95年にはモトローラの後塵を拝していた韓国内で首位を奪還。その後10年かけて、サムスンはフランスで首位を奪取し、米国内では圧倒的なシェアを誇るモトローラに次ぐ2位につけた。

「日本市場では、海外メーカーの携帯電話は『バッテリーがもたない、壊れやすい、通話が切れやすい』など過去についた悪いイメージが、知名度の低さと相まって、いまだに払拭できないでいる」(MM総研の横田英明部長)。日本本格上陸は過去のイメージとの戦いでもある。

李前会長は背任や脱税の容疑で在宅起訴された責任を取って4月に突如辞任。放火事件を起こした李前社長も今は携帯電話部門にいない。だが、外部から移籍してきたばかりの李常務は、「自らが変わらなければ死ぬ、満足した時点で終わるという社内の危機感はすさまじい」と目を丸くする。「新経営」の理念や危機感が従業員に根付いているならば、サムスンの日本本格上陸は、国内外のメーカーに大きな脅威となる。

(撮影:引地信彦 =週刊東洋経済)

山田 雄一郎 東洋経済 記者

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やまだ ゆういちろう / Yuichiro Yamada

1994年慶応大学大学院商学研究科(計量経済学分野)修了、同年入社。1996年から記者。自動車部品・トラック、証券、消費者金融・リース、オフィス家具・建材、地銀、電子制御・電線、パチンコ・パチスロ、重電・総合電機、陸運・海運、石油元売り、化学繊維、通信、SI、造船・重工を担当。『月刊金融ビジネス』『会社四季報』『週刊東洋経済』の各編集部を経験。業界担当とは別にインサイダー事件、日本将棋連盟の不祥事、引越社の不当労働行為、医学部受験不正、検察庁、ゴーンショックを取材・執筆。『週刊東洋経済』編集部では「郵政民営化」「徹底解明ライブドア」「徹底解剖村上ファンド」「シェールガス革命」「サプリメント」「鬱」「認知症」「MBO」「ローランド」「減損の謎、IFRSの不可思議」「日本郵政株上場」「東芝危機」「村上、再び。」「村上強制調査」「ニケシュ電撃辞任」「保険に騙されるな」「保険の罠」の特集を企画・執筆。『トリックスター 村上ファンド4444億円の闇』は同期である山田雄大記者との共著。

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