教育困難校では「風呂の入り方」も教えている 学力以前に生活スキルがない生徒も存在

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あるとき、2年生の教室内で1人の女子生徒に対するいじめが起こった。彼女が不潔で、においを発しているという理由で仲間外れにされたのだ。そのため、この女子生徒は教室には入れず、学校を休むか、登校しても1日中相談室という別室にいるようになった。

彼女はおとなしく、いつも人の後ろに隠れているような印象の薄い生徒だが、確かにあらためて見てみると全身が何となく薄汚れている感じがするし、体臭もきつい。近づいてよく観察すると、制服は入学以来一度もクリーニングしていないように脂じみているし、スカートのプリーツもほとんどなくなっている。もともと毛深い性質なのか、顔一面に濃い産毛が目立ってもいる。

洗顔や入浴をしている、というが…

これらがいじめの原因と確認されたので、担任教師、養護教諭、女性体育教師が協力して彼女の清潔感向上プロジェクトを開始した。彼女が登校したとき、本人はまったく気づいていないようだが、周囲の人がどう感じているかをはっきりと伝えることから始めた。体のことは同性でも、また教師と生徒の間柄でもなかなか話しづらいことだが、彼女が洗顔や入浴をしているかを聞いた。彼女はどちらもしていると答える。

そこで、体育教官室の女性用シャワー室に連れて行き、いつもどのように行っているかを実際にやってもらった。すると、驚くことに、この女子生徒の洗顔は手のひらに水をすくい顔に2、3回かけるだけ、シャワーは全身をお湯で濡らすだけで、せっけんなどでくまなくこすり洗いするということをまったくやっていなかったのだ。

高齢者ならともかく、新陳代謝の激しい思春期の女性では体臭もでるだろう。そこで、その場で彼女への洗顔、体洗い、さらに産毛剃りの指導を行い、その後も学校での練習を数回繰り返すと、彼女は見違えるように清潔になった。彼女に聞くと、家族は母と姉だが、幼少期は記憶にないものの、物心ついた頃から1人でお風呂に入っていたそうだ。節約のため湯船に湯を張らずにシャワーを使っており、誰からも体の洗い方を教えてもらったことはないという。制服も、帰宅したらハンガーにかけるだけで、ブラシを掛けたり、アイロンを掛けたりする手入れ方法はまったく知らなかった。案の定、入学以来、1度もクリーニングに出しておらず、そもそも彼女の家庭では衣服をクリーニングに出す習慣がないというのだ。

家族は彼女の通常ではない外見に気づいていたのか、あるいは家族も同様だったのか。疑問は残る。しかし、高校で顔や体を洗うことを学べて、彼女の将来にとって本当によかったという点には疑問の余地はないだろう。「教育困難校」の現場は、生徒の学力だけでなく、社会で円滑に生きていくための基本的なスキルの習得をフォローする場としても、一定の意義を果たしているのである。

朝比奈 なを 教育ジャーナリスト

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あさひな なを / Nao Asahina

筑波大学大学院教育研究科修了。教育学修士。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事。おもな著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』『教員という仕事』(ともに朝日新書)などがある。

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