荒廃する生活保護行政 機械的な給付抑制で病院通いに支障も

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北海道函館市に住む坂本弘三さん(仮名、71)は69歳の妻・春江さん(仮名)と、アパートで2人で暮らしている。病気や高齢で働けなくなったことで、4年前から生活保護を受給している。その坂本夫妻に、通院移送費打ち切りの知らせが来たのは、4月初めだった。

「3月分の通院移送費の申請書を福祉事務所に持っていったところ、『4月分からは出ませんよ』と言われた」と弘三さんは語る。心臓の不整脈の治療で市内の病院にバスで月に3回通っているうえ、春江さんもひざの治療などで月に10回程度通院している。交通費は月に5000円ほどかかっていたが、3月までは実費が支給されていた。

だが、突如襲った打ち切りの知らせをきっかけに、春江さんは一時食事がのどを通らなくなったという。そして、点滴のために月3回通っていた内科の受診を、5月にはやめてしまった。

東京都練馬区で独り暮らしの和田建中さん(48)は、6年ほど前に過労が原因でうつ病とパニック障害を併発。仕事を続けられなくなった。そして、生活資金が底を突いたことで生活保護を申請。現在は、障害年金と保護費を支えに生活している。和田さんは4月に入り、「これからは通院移送費が出なくなる見込みです」と福祉事務所から通告された。区外の二つの病院に通っていることから、ひと月の交通費は約2000円。これまでは福祉事務所から支給されてきたが、今後出なくなる見通しを告げられたことから、5月には精神科への通院を月2回から1回に減らした。

「骨太方針」と生活保護

その後、行政の方針が変わったことで、坂本さん夫妻も和田さんも、通院移送費が出ることになったと福祉事務所のケースワーカーから告げられた。最悪の事態は回避された形だ。支給が打ち切られた場合、「2日分の食費を削らなければならなかった」と和田さんは振り返る。

一方で、通院移送費の支給を打ち切った自治体もある。沖縄県那覇市はバスを利用して通院していた精神障害者のうち、8人への給付をやめた。「精神科のデイケアに通っている方は食費の自己負担がないので、通院移送費を打ち切っても生活を圧迫することはないと判断した」と同市の担当者は説明する。だが、打ち切られた人の中には、ひと月の交通費が7000円に上る人もいた。

特別養護老人ホームの食費・居住費が自己負担になったことなど、事実上の給付削減が社会保障分野で進められている。サービスを利用していない人との「公平感」が理由として挙げられている。そうした考え方が生活保護分野にも及んできたことを那覇市の事例は物語っている。

その背景には、厚生労働省が社会保障費自然増のうち、毎年度2200億円の削減を、経済財政運営の基本方針(いわゆる「骨太方針」)によって迫られている現実がある。

その中で、“最後のセーフティネット”である生活保護も削減の対象になっている。その典型例が、高齢者や母子世帯への加算の廃止だ。通院移送費や後発医薬品問題もそうした給付制限の流れの中に位置づけることができる。

しかし、無理な削減は弊害も大きい。生活保護制度に詳しい杉村宏・法政大教授は、「通院移送費を削ることで、たとえば障害を持つ人たちの社会参加が阻害されかねない」と指摘する。機械的な政策が当事者を困窮に追い込む現実は、厚生労働行政、なかんずく生活保護行政の荒廃の裏返しでもある。

(岡田広行 =週刊東洋経済)

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