「怪しい調査書」とは結局のところ、何なのか 元スパイが作成したリポートが政争の具に

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書き手のスティール氏は英情報機関の間ではロシアの専門家としてよく知られていたという。ただ、「1990年代以降、ロシアには足を踏み入れていないようだ」(フィルプス氏)。

王立国際問題研究所「チャタムハウス」が発行する『ワールド・トゥデイ』誌のアラン・フィルプス編集長

スティール氏への信頼感があったために、今回の文書が注目されているとフィルプス氏は見る。しかし、商業目的の調査会社を立ち上げたことで、スパイとしての水準が落ちたのではないかと疑問を投げかける。

商業目的の調査は「コーポレートインテリジェンス(企業向けの機密情報)」と呼ばれているが、ゴシップ的な話、たとえば、人がクライアントに対してどんな悪口を言っているかなどの情報を集めることが必須だという。後で衝撃的な情報が出ても、クライアントがそれほど驚かないようにするためだ。

今回、暴露された調査書はそんな「ゴシップ話的な感じがある」(フィルプス氏)。

米ロ関係の行方は?

――報告書の真否はともかくとして、今後の米ロ関係はどうなっていくのか。「米国はロシアと敵対的な関係にある必要はない」とバトラー氏は言う。

「トランプ氏はより前向きな2国関係を築き上げようという、いわば『リセット』モードに入るだろう。長年続いてきた、互いへの不信感や不必要な軍事費の拡大の道を止め、トランプ氏とプーチン氏は実利的なアプローチをとって、より前向きで希望に満ちた関係を作ろうとするはずだ。互いの違いを認めながらも、ビジネスおよび政治面で折り合いをつけていくだろう」

そもそも、トランプ大統領にとってロシアという国は敵ではないとフィルプス氏は言う。「トランプ大統領は、米国の敵は、雇用を盗んでいる国(たとえば中国)、国外に仕事をアウトソースする大企業(たとえばゼネラルモーターズ社)、アウトソースされる先の国(メキシコ)と考えている。ところがロシアは、米国の労働者から仕事を奪うようなものを何も生産していない」。

バトラー氏同様、フィルプス氏もトランプ大統領が米ロの2国関係を改善すると予測する。しかし、「トランプ氏による『リセット』は長続きしないかもしれない」とも言う。プーチン氏は中東、欧州、アジアに影響を及ぼす大国として認識されたいと思っているが、米国がロシアを特別視せず、中国問題に集中していると感じた場合、認識のギャップが出てくるからだ。欧州の動向などによっても、パワーバランスは変わる。米ロ関係の先行きは、単純ではない。

対ロ強硬派の議員たち(マケイン議員がその代表格)が批判的に注視する中で、トランプ新大統領は信じる道を直進していくことになるのだろう。その道程は、もはや誰にも予測不能なものだ。

小林 恭子 在英ジャーナリスト

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こばやし・ぎんこ / Ginko Kobayashi

成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』。

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