なぜエジプトで“味の素"が売れるのか? エジプトの食卓に革命を起こす男(上)

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カイロ最大のスラムに乗り込むセールスマン

宇治社長たちが最初に目をつけたのは、カイロ中心から東にあるマンシェイヤ・ナセル地区だった。モカッタムの丘と呼ばれる高台の下に広がる、住人が5万とも10万とも言われる町だ。行政がその居住者数を正確に把握できないほどで、カイロ最大の“スラム”と称されている。

エジプトパンのアエーシ。マンシェイヤ地区には食欲があふれる

実際にその地を訪れると、集合住宅と店舗が細い坂道に沿ってごちゃごちゃと立ち並んでいた。町の入り口は幹線道路に面し、絶えず人と物と車が行き交う。大きなスークもそこにある。ちなみに、マンシェイヤのようなエリアは公機関も「スラム」と呼ぶが、いわゆる荒廃した貧民街とは異なる。住民の多くが勝手に家を建てて許可なく住み着いた、いわば行政上の不法占拠地域というだけであって、最低限の暮らしに必要な機能は備わっている。それどころか、必死に生きる人や町には圧倒される活力がある。

特に食。スークはもちろん、庶民レベルでの飲食店、食品店の充実ぶりは見事だ。ターメイヤ(そら豆コロッケ)の食堂、屋台の総菜屋、主食であるアエーシ(円いエジプトパン)のベーカリー、ヤギやウシの塊を吊るす肉屋に、市場では生鮮野菜も魚も豊富にある。コメ、マメ、パスタなどを売る食料雑貨店も多く、黒いベール姿のイスラム女性がどこも群がって買い物をしている。

セールスマンがそんな食料雑貨店のひとつに足を運ぶと、前回卸した味の素の小袋がとっくに売り切れていて、追加商品の催促を受けていた。
「ああした店が、やがて大量に買ってくれるようになって、地域の問屋のような役割になるんです。まあ、もう少し先だろうけど」

そう宇治社長は話す。味の素の知名度が確実に上がっていることをひたひたと感じるという。迷路のようなマンシェイヤの町。宇治さん自身、まだまだ歩くと知らなかった小さなスーク、商店などが見つかるそうだ。そして、そんなところにまで味の素の小袋を吊るした、通称「カレンダー」が掛けられるようになっている。

「いろんなトラブルや苦労はありますが、なにより売れる。国民性なのか、まったく知らない商品でもまずは買ってくれる。最初からこんなに売れる国はありません」

初めて見る日本製の調味料に、エジプトの人たちは興味津々

ひとしきりスーク回りで営業したセールスマンたちは、今度は小型の3輪タクシーに乗り換えて、マンシェイヤ地区の最上部まで駆け登った。なじみの店、初めて訪れる店を含め、小さなショップを1軒1軒つぶしながら下りて来るのだという。

まさに味の素リテール(行商)の真骨頂。だが、ただやみくもに商品を持ち寄るだけでは、初めて見る食料品には誰も見向きはしない。少なくとも継続的に味の素を買ってくれる店が、これだけ増えることはないだろう。

彼らはただ根性で歩くだけではなく、ある秘策をたずさえていた。エジプト味の素は宇治さんたちを中心にひとつの方向性を決め、その販売戦略に徹底してこだわっていた。全員が準備されたセールストークを持って、それぞれの営業先を訪ねていたのである。

エジプト市場で成果を上げつつあるその秘策とはなにか。その話は次回の連載で詳しくつづる。

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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