世界史から見た、おんな城主・井伊直虎の真実 同時期に世界でも女性君主が多かった理由

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これとは対照的だったのがエカチェリーナ2世で、夫のピョートル3世がプロイセンのフリードリヒ大王を敬愛するあまり、多くの犠牲を出しながら獲得した領土を無償で返還するなど、軍や貴族の感情を逆なでする行為を重ねた。これに対しエカチェリーナ2世はロシア人に同化しようと涙ぐましいまでの努力を重ね、夫が宴会の席でフリードリヒ大王のための乾杯を行なったときには、起立を拒むことで拒否の姿勢を示した。

結局、このときの言動が決定打となり、エカチェリーナ2世はドイツ人であるにもかかわらず、近衛隊から擁立され、ロシアの帝位についたのだった。

洋の東西でなぜ女性君主が相次いだのか

このように洋の東西で、時期を同じくして女性の君主が誕生した。偶然の産物ではあるが、そこにはひとつの共通要素があった。夭折(ようせつ)、早死する者が非常に多かったという事実である。

例えばイングランドの場合、エドワード6世は生まれつき虚弱体質であったらしく、早くから結婚も子どもをつくることも絶望視されていた。メアリー1世もスペインの王子フェリペと結婚して、妊娠と出産を切望しながら、とうとうかなうことなく、43歳で永眠した。次女のエリザベスにいたっては生涯独身を通し、隠し子がいたという話も耳にしたことがない。

ヘンリー8世の子供たちが虚弱体質や不妊に悩まされていたことについては、ヘンリ8世が患っていた先天性梅毒との関係を指摘する声もある。だとすれば、エリザベス1世が結婚も出産もしなかったのは、自分のお腹を痛めた子が夭折を避けるのは難しく、自分はその悲しみに耐えられないと考えたからだったのかもしれない。

日本では、江戸時代になると、徳川幕府は儒教的な観点から女性の城主(藩主)は認めなかったが、戦国時代には武家の女性たちは、男と同じように武術の訓練を怠らず馬にも乗った。「家」というものを重視することから、後継者たる男子が夭折したり、いない場合は、家督を継ぐのは男系とは限らず、女性が跡を継ぎ、城主になることも珍しいことではなかった。

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豊後の大友宗麟(そうりん)の武将・立花道雪は、57歳で得た唯一の子である誾千代(ぎんちよ)という娘に武芸を仕込み、主君の宗麟に誾千代への家督相続を願い出て認められ、彼女は7歳で嫡子となったのである。

後に誾千代は高橋宗茂を婿養子に迎えたが、女城主としての気位が高く、夫の宗茂とは睦まなかった。だが、宗茂が関ヶ原の戦いで西軍が敗れて帰国し、九州の東軍から居城の柳川城を攻められた際には、誾千代は籠城する夫とは別行動をとり、城外の館で侍女らを指揮して戦っているのである。女が武器を取り戦うのも戦国の常識であった。

このほか、尼子氏の再興に生涯をかけた山中鹿之助に剣を教えたのは母のなみであったとされる例もあり、また豊臣秀頼に槍を指南したのは、淀殿に近侍した正栄尼(しょうえいに)であったとされる。

このように、夫に先立たれた後家は、嫡男を立派に養育し家を守ることが使命であった。家臣たちは後家に服従し、戦国期に多くの女城主が誕生したのである。大河ドラマ主人公・井伊直虎のように、戦国の女性は自由奔放に生き、男に遜色なく生死をかけて戦っていくさまが見て取れるのではないだろうか。

島崎 晋 作家

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しまざき すすむ / Susumu Shimazaki

1963年、東京都生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒業(東洋史学専攻)。大学在学中に、立教大学と交流のある中華人民共和国山西大学(山西省太原市)への留学経験をもつ。著書に『目からウロコの世界史』『目からウロコの東洋史』『世界の美女と悪女がよくわかる本』(PHP研究所)、『さかのぼるとよくわかる世界の宗教紛争』(廣済堂出版)、『一気に同時読み!世界史までわかる日本史』(SB新書)など多数

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