バター不足で利益を貪る団体など存在しない 輸入バターを保管する経費は莫大だ

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ただし多くの国民は、重要度の高い食料は国内で生産してほしいと願っていることも事実だ。内閣府が定期的に実施している食料の供給に関する特別世論調査(平成26年度)によれば、生産額ベースの食料自給率に関しておよそ8割が「高めるべき」と回答し、また食料の生産・供給に関し「外国産より高くても(中略)食料はできるかぎり国内で作るほうがよい」とする回答が9割となっている。国民生活からすれば食品は安いほうがいいが、可能なかぎり国内で生産してほしいという要望も強いわけだ。そうなると、生乳を計画生産し、年額300億円が妥当かどうかという問題に収れんする。

筆者としては現在の牛乳・乳製品の価格はおおむね妥当だと思う。ちなみに前回記事などを読むと、筆者が酪農関係者を擁護する立場にいる者と思うかもしれないが、実を言うとそうでもない。日本の酪農では牧草などの粗飼料よりも米国から輸入する穀物飼料を牛に多量に与えて生乳を生産するため、味わいが悪いと感じている。また超高温殺菌(UHT)で処理する牛乳がほとんどのため、焦げたような匂いと甘っぽい風味がするのがたまらなく嫌である。だから低温殺菌牛乳しか買わないことにしているが、割高で選択肢も少ない。現状の乳製品に対して言いたいことは山ほどある。しかし、それとは別に、日本の現在の生乳生産・流通は守られるべきだと考えている。

ミネラルウォーターが売られている価格を思えば、栄養満点の牛乳は明らかに安いと感じるし、バターやチーズは酪農国と比べると割高感があるものの、買えない金額だとは思わない。それに加え、300億円で一国の牛乳・乳製品をまかなえるのであれば、安いものじゃないかと感じる。

そもそも、米国やカナダといった、競争的な自由経済を標榜する国であっても、酪農を巡る制度や生乳の取引に関しては極めて保守的で、政府公表価格をベースに決定されている。牛乳・乳製品が国民生活に重要であるため、むやみに価格を下げて酪農家の生活を圧迫するわけにはいかないからだ。

牛乳・乳製品の重要度は高い

日本でも牛乳・乳製品の重要度は高い。以前、学校給食に関する調査をした際に、小中学校の管理栄養士さん数人にインタビューをしたのだが、牛乳が栄養充足のための重要な位置づけにあることに驚いたことがある。学校給食では文科省によって栄養所要量が定められており、管理栄養士はそれに基づいて日々の献立を作らねばならないのだが、定められた予算の中で栄養を充足することが難しい。そのときに救世主になるのが牛乳で「最後は牛乳に逃げるということが多いです。牛乳抜きで献立を作っていくのは難しい」という発言があった。もちろん小中学生だけの問題ではなく、すべての国民にとって牛乳は重要な食品なのである。

バター不足問題を解消するためにバターなどを自由化する、規制を撤廃するということがあたかも正義のように語られるが、それは牛乳・乳製品が作られる全体の構造を理解していない考え方である。単にバターを安くすることしか考えていないような規制改革が行われたら、生乳生産の基盤が壊れて酪農家が減少するかもしれない。そうなったら、結果的にバターの供給量は今よりもっと減り、バター不足は拡大していくのではないだろうか。

どんな産業も持続性がなければ、立ちゆかない。基本的な食料である国産の牛乳をこれからも飲み続け、乳製品を食べていきたいと考えるのであれば、現状の生乳流通の仕組みを維持し、それを改良していくことがもっとも合理的で、コストのかからない手段である。むやみやたらと規制を撤廃すればよいというものではない。今後、無用な規制改革議論が起こらないことを祈る。

山本 謙治 農畜産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト

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やまもと けんじ / Kenji Yamamoto

1971年、愛媛県生まれ埼玉県育ち。学生時代にキャンパス内に畑を開墾し野菜を生産。大学院修士課程卒業後、大手シンクタンクに就職し、畜産関連の調査・コンサルティングに従事。その後、花卉・青果物流通業を経て2004年に(株)グッドテーブルズ設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事する。その傍ら日本全国の佳い食を取材し、地域の郷土料理や特産物を一般に伝える活動をしている。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」のほか、『激安食品の落とし穴』(KADOKAWA)、『日本の「食」は安すぎる』(講談社プラスα新書)など著書多数

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