【末吉竹二郎氏・講演】地球温暖化時代における企業の役割(その5~金融に吹く新風~)

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第11回環境報告書賞 シンポジウム・基調講演より
講師:国連環境計画・金融イニシアチブ 特別顧問 末吉竹二郎
2008年5月15日 東京會舘

その4より続き)

●「責任投資」という新風

 金融にも市民社会からの厳しい目が注がれはじめている。社会のカネを預かっているのだから、そのカネをどこに回すかについて責任を問われるべきだ、というのが世界の問題提起だ。つまり、責任ある金融、責任ある投資、責任ある融資ということだ。その責任は社会に対しての責任だ。その視点は、カネだけでなく、環境や社会的責任やガバナンス、あるいは人権問題など、さまざまな目に見えないもの、場合によっては倫理的価値にも配慮した融資判断、投資判断に取り組む金融こそ、今の社会が求めている流れだ。
 2006年4月に、国連が中心になって始めたPRI(責任投資原則)も、非常に大きな流れになって、300を超える世界の金融機関がこれに署名しており、彼らの運用資産が13兆ドルを超えている。これは、今の東京証券取引所を3回買える規模だ。

●「炭素原則」と行動する機関投資家

 最近の金融には一段とプレッシャーがかかり、アメリカの有力金融機関が、今までどおりのやり方では石炭火力発電所には金を出さないという「炭素原則」を宣言した。
 アメリカにおける最大のCO2の排出源は電力で、しかもその中心は石炭火力発電だ。CO2を減らすには火力発電所をコントロールしなければならないというのが、アメリカの、いや世界の流れになっている。社会のプレッシャーを受けてアメリカの有力金融機関が、今までどおりではもうカネを出せないと言いはじめたのだ。

 2月にニューヨークの国連本部に機関投資家が集まって、気候リスクがもたらす投資への影響というテーマで議論した。その結果出てきたアクションプランの1つに、50の機関投資家が、太陽電池パネルなどの開発生産をするノルウェーのリニューアブルエナジー社に向こう2年間、1兆円の金を投資するというものがある。つまり年金基金を中心とする機関投資家が、自分たちの気候変動リスク対応への具体的なアクションとして、1兆円のカネを新しい分野に投資していきたいと言い出したのだ。

 さらに、バンク・オブ・アメリカの頭取は、貸出しの審査の過程において、貸出先が出しているCO2を借金とみなして、1トン当たり20ドルから40ドルにカウントすると言い出した。つまり、アメリカにも間違いなく排出権取引が入ってくるだろうし、入った途端に、企業の排出するCO2はコストになるから負債として計算するというのだ。
 これもすべて、社会の変化によるプレッシャーがあることによる。

●模索をはじめた金融

 このような中で、金融はさまざまな模索を始めた。新しい時代に金融はどう対応していけばいいのか。PRIの中には、「ESG(環境、社会的責任、ガバナンス)に配慮する企業は業績が良くなる」とあるが、本当にそうだろうか。そうでなかったらどうしようかと考えるとき、「絶対にそうなることが必要だ」と、みなが考えなければならないというのである。今はまだ「仮説」だが、みんなで動けば、そこにマーケットができる。だから、みんなで一緒にその方向を目指して動こうというのだ。

 また、海外の機関投資家は次のようなことを言い始めている。MDGs(ミレニアム開発目標)に代表されるような世界の課題、地球社会の課題がそこに歴然としてあるのだから、その目標に離反するような投資行動をしたのでは、課題が解決されるはずがない。少なくとも、それに反するようなことはやめて、その課題の解決になるような投資をしていこう、というのである。
 さらには、銀行が預金者から集めたカネを、熱帯雨林を壊すようなプロジェクトに融資するから環境が壊れるのだ。自分が銀行に預けたカネで環境破壊などをしないでほしい。毎年、年金基金に保険料を払い込んでいるが、そのカネが、やがて自分たちの生活を苦しめるような事業やビジネスに投資されるとしたら、まるで自分で自分の首を締めているようなものだ。そういうカネの使い方はしてほしくない。これが市民社会から銀行への要求だ。このようにして、銀行も大きな軌道修正を迫られている。
その6続く、全6回)

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)
国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP・FI)特別顧問。日本カーボンオフセット代表理事。1945年1月、鹿児島県生まれ。
東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。ニューヨーク支店長、同行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。日興アセット時代にUNEP・FIの運営委員会のメンバーに就任したのをきっかけに、この運動の支援に乗り出した。企業の社外取締役や社外監査役を務めるかたわら、環境問題や企業の社会的責任活動について各種審議会、講演、テレビなどを通じて啓蒙に努めている。
著書に『日本新生』(北星堂)、『カーボンリスク』(北星堂、共著)、『有害連鎖』(幻冬舎)がある。
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