銀シャリが「M-1」の接戦を制した唯一の戦略 漫才の「王道」に勝負を持ち込んだ

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ところが、ここで大吉の予想外のことが起きた。蓋を開けてみれば「いちばん客席からウケた」では和牛、「いちばん客席にハマった(応援された)」ではスーパーマラドーナ、「いちばん技術がすごかった」では銀シャリということになり、3つの要素それぞれを別々の芸人が満たしていたのだ。これでは1組に決められない。大吉はさらに悩み抜いた末、1本目の出来も加味して銀シャリに1票を投じることにした。

迷ったのはほかの審査員も同じだろう。おそらく、途中までは大吉と同じような思考を経た末に、それぞれがそれぞれの評価を下したのだ。そして、3票を獲得した銀シャリが優勝ということになった。

王者にふさわしい「王道」の漫才

なぜ銀シャリが選ばれたのか? ここからは推測になるが、漫才の面白さに実質的な差がほとんどない場合、「技術点」で評価するしかない、という考えが審査員の中にあったのだろう。もちろん、3組それぞれが漫才の達人であり、圧倒的にうまいというのは間違いない。ただ、その場合、より難度の高いしゃべくり漫才で笑いを取っていた銀シャリのほうが、ほかの2組よりも高く評価されやすかったのではないか。

おそらくこういうことだ。自分たちの技術に自信のあった銀シャリは、その強みを生かして『M-1』の戦いを「技術点の争い」という土俵に持ち込んだ。暗黙のうちに「これはいちばんうまい芸人が勝つ戦いである」というふうに戦場のルールを設定したのだ。そうすると、僅差の戦いに持ち込まれたときに、王道を貫いている銀シャリが勝つ可能性が高くなる。そして、実際にそういう結果になった。

いわば、スーパーマラドーナは「動きのある漫才」というジャンルで100点、和牛は「漫才コント」で100点、銀シャリは「王道漫才」で100点をたたき出したのだ。それぞれの分野で3組が3組とも完璧に近い出来だったため、より難しい技をきめた銀シャリが勝利を収めたのだ。しゃべくり漫才とは漫才の基本形であり究極形でもある。極限まで無駄をそぎ落とした銀シャリの漫才は、文字どおり王者にふさわしい「王道」の漫才だった。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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