プライス次期長官は反オバマケアの急先鋒だ 米国の医療保険制度は、どう変貌するのか

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(2)相続可能な「医療貯蓄口座」

プライス氏は医療貯蓄口座(Health savings account、HSA)推進派である。HSAとは、病気になって医療費がかかるようになった時に引き出して使うことのできる定期預金口座のようなもの。HSAに積み立てる金額はその年の課税所得から控除でき、HSAから引き出したおカネは医療費に使うかぎり利子は非課税。しかも、相続することが可能だ。

実はシンガポールのMedical savings account(Medisave)とほぼ同じ仕組みであるが、(アメリカはシンガポールのシステムをそのまま輸入したと見られることを好まないため)アメリカでは別名であるHSAで呼ばれる。

(3)18カ月保険に加入していれば、既往疾患により新しい保険への加入を拒否されない

既往疾患がある人の健康保険への加入を拒否することはオバマケアによって禁止されるようになった。プライス氏の計画では、そこに条件が加わる。保険会社は、新しい健康保険に加入する人がその前の18カ月間に何らかの健康保険に加入しているかぎり、既往疾患を理由に加入拒否をできなくなる。ただし、加入後18カ月間はその既往疾患に関する還付を拒否できる。「健康に問題が生じてから保険に入る」という事態を防ぎ、保険会社の経営悪化を防ぐ仕組みだ。

(4)企業の給与から保険料の支払いのために控除できる金額に上限を設ける

プライス氏の計画では、従業員の家族向けの健康保険では2万ドル、個人向けの医療保険では8000ドルを企業が控除できる金額の上限とする。企業が税金対策として従業員にぜいたくな健康保険を提供するインセンティブを弱めることが目的である。

(5)ハイリスク・プールの設置

各州は「ハイリスク・プール」を作るための財源を連邦政府から得る。ハイリスク・プールとは州政府によって運営される健康保険。既往疾患を持っているために、保険料が高すぎて民間保険に加入できない人達(ハイリスクな人達)はこの保険に加入できる。

このハイリスク・プールはプライス氏の新しいアイデアではなく34州で過去に試されたのだが、財源不足のためことごとく失敗した経緯がある。

「政府の干渉を最低限にする」という思想

プライス氏はきわめて詳細に制度設計案を構築しているが、その思想は「医師と患者との関係、患者と保険会社の関係に対する政府の干渉を最低限にして、自由市場における取引を尊重する」「すべての人が健康保健を購入できるように経済的な補助はするものの、個人の健康保険への加入を強制しない」というものだ。

つまり、オバマケア以前のアメリカのように、規制が無く自由市場の中で医療サービスや健康保険が取引されるシステムが良いと考えているのだ。

共和党は民主党の議事妨害(フィリバスター)を抑えて強行採決するのに必要な60議席を上院で確保していないため、ゼロから新しい医療制度を導入することは難しい。一方で、オバマケアの予算にかかわる部分に変更を加えるのであれば共和党は今ある51議席で十分である。

そこで、プライス氏はオバマケアがすでに築いたシステムに変更を加えることで、実質的に自らが考える医療制度の導入を目指すことが予想される。来年、それほど時間を掛けることなく、オバマケアの大幅修正を実行していくことになるかもしれない。

津川 友介 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)准教授

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つがわ ゆうすけ / Yusuke Tsugawa

東北大学医学部卒、ハーバード大学で修士号(MPH)および博士号(PhD)を取得。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。著書に『週刊ダイヤモンド』2017年「ベスト経済書」第1位に選ばれた『「原因と結果」の経済学』(中室牧子氏と共著、ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)。ブログ「医療政策学×医療経済学」で医療に関する最新情報を発信している。

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