「おかげさまで」の根っこにある日本人の精神 ご縁の重なりが「今」をつくり、未来へ繋がる

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この日本のアニミズムの背景には、善し悪しの区別無く、すべての現象は人の力ではなく、目には見えない何かの力によってもたらされているという「人の驕(おご)り」をかき消す精神が流れているのです。この精神が「おかげさまで」という言葉の土壌になっていると考えられます。

「おかげさまで」の精神と仏教の接点

このアニミズムの背景にある精神は、仏教思想にも通じるものがあるように思えます。その一つが「諸法無我(しょほうむが)」という教えです。これは、仏教思想が他のバラモン教、ヒンズー教などの思想と識別するための四法印(しほういん)と呼ばれる4つの「ものさし」になる教え一つです。

「諸法無我」は漢字だけみると難しく見えますが、「諸々の法(物事は)、我は無い(何一つとして独立して存在していない)」と読み解き、すべてのものはさまざまな物事と繋がってそれぞれ形成されており、そのうえで独立した個というものはないということを意味しています。

つまり、実生活の中でも、目の前にある物にしても、現象にしても、私たちの思慮をはるかに超える無数の物事や事象が重なり合って形成されているということです。ここにも「人の驕り」をかき消す精神が感じられます。

私は、元来、日本で培われた「人の驕り」をかき消す精神が、後に日本に伝来した仏教と交わり、その中で生まれた言葉の一つが「おかげさまで」ではないかと思います。こう考えると、もともと日本のアニミズムには仏教思想と同じような感性があって、違和感なく伝来した仏教と合致し、「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」という日本仏教の特徴が生まれたのも納得できます。

今、私たちが見渡すすべてのもの、そしてそれを認識し感じる私たち自身も「おかげさまで」存在しています。しかし、実際には現実に感謝できないことも数多くあることでしょう。それでも、その中で私たちはさまざまな物事に支えられ、「今」という現実に生かされているのは事実です。遠い、遠い過去のご縁の重なり合いによって「今」という現実があり、そしてその連鎖は今後も私たちのはるか遠い未来へと繋がっているものでもあります。大切なのは、その未来を左右する「今」、何をするべきなのか考えて行動するということなのです。

つまり、「おかげさまで」という言葉には、自分自身を内省し、目には見えないものへの感謝するという意味だけではなく、次の新たな一歩を踏み出す原動力も含まれているということです。仏教では、「今、何をすべきか」ということ大切にする教えでもあります。「おかげさまで」という言葉に、新たな一歩を踏み出す原動力を与えたのは仏教なのかもしれません。

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大來 尚順 浄土真宗本願寺派僧侶

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おおぎ しょうじゅん / Shoujun Oogi

1982年、山口県生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶でありながら、通訳や翻訳も手掛ける。龍谷大学卒業後に単身渡米。カリフォルニア州バークレーのGraduate Theological Union/Institute of Buddhist Studies(米国仏教大学院)に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。帰国後は東京と山口県の自坊(超勝寺)を行き来しながら、僧侶として以外にも通訳・翻訳、執筆・講演などの活動を通じて、国内外への仏教伝道活動を実施。翻訳著書も多数出版する傍ら、初級英語で仏教用語をやさしく解説した「英語でブッダ」(扶桑社)も非常に好評のほか、「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系列)にも出演。
 

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