「患者に高圧的な医者」がはびこる根本理由 原始の医療からたどる医者と患者の関係

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医師の患者に対する意識を理解するためには、以上に述べた医師のもつ4つの役割意識を知ることが役立ちます。そして、それ以外にも下記のような役割意識があります。これらも医師の思考法に影響をおよぼし、診療の中のいろいろな局面で顔をのぞかせます。

「相模原事件」で問われた”安全装置”としての医者

①社会の安全装置

結核、エボラ出血熱などの一類および二類の感染症は、感染力が高く、かつ重篤になるため、医師は感染症患者を診断すると速やかに届け出ることが求められます。そして、都道県府知事の権限の下に患者を社会から隔離して治療をします。

また、他人に危害を与えるおそれのある精神病をもつ患者は、措置入院といって強制的に入院させます。これも都道府県知事の責任と権限の下に行われるのですが、その判断は2人以上の精神保険指定医に委ねられています。

この措置入院に関しては、2016年7月に、相模原の障害者施設で凄惨(せいさん)な事件が起きたことで世間の注目を浴びました。この事件の加害者は、措置入院から退院したばかりであったため、医師が措置入院をもっと長くさせておくべきだったという意見も見られました。

これらは、患者個人のために医師が役割を果たしているというよりは、もっぱら社会の安全を守るための役割です。ある一定の条件のもとでは、医師は個人の権利をおびやかすような役割をも担っているのです。

②劣悪な条件下で働く「サーバント(召使)」

医師や看護師など医療専門職は、常に手に余るほどの多くの仕事を抱え、しかも同時に知識と技術を向上するために自ら学習することが求められています。どこで妥協するかの判断も個人に委ねられています。

このような切迫した状況の中で、まじめな医療者は常に消耗している状況なのです。そして、勤務医たちはこうした労働条件の過酷さに比べると、給与などの待遇面が恵まれていないという意識を持っています。

③被告人の候補者

医療行為は、副作用や誤診などで患者の身体を傷つけたり、障害を負わせるなど負の結果をもたらす可能性が少なからずあります。したがって、普通に診療行為を行っていても、ともすれば医療裁判の被告人となってしまうかもしれません。しかも、それが民事だけでなく刑事訴訟になる可能性さえあるのです。

そのため、医師は訴えられないように、訴えられても裁判で負けることのないようにと、常に身構えながら診療をしなければなりません。

医療者は、時代の変遷とともにさまざまな役割意識を持ってきました。そして、それらが時代とともにすっかり置き換わってきたというよりは、過去のものを一部残しながら、新しい意識が積み上げられてきたのです。それが、現代医師のアタマの構造であり、同時に患者もそのような医師像を引きずって現在に至っているのです。

このような医師と患者の関係性の変遷を知ることが、なぜ現状がこうなっているのかを理解しやすくさせるのではないでしょうか。

加藤 眞三 慶應義塾大学看護医療学部教授

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かとう しんぞう / Shinzo Kato

1956年生まれ。1980年に慶應義塾大学医学部卒業。1985年に同大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学(医学博士)。米国マウントサイナイ医学部研究員、 東京都立広尾病院の内科医長、内視鏡科科長、慶應義塾大学医学部・内科学専任講師(消化器内科)などを経て、 2005年より現職。著書に『患者の生き方』『患者の力』(ともに春秋社)などがある。毎月、公開講座「患者学」を開催している。
 

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