「介護疲れ」を脱却する親の本音の聞き出し方 「生かすこと」が目標になってはいけない

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2006年2月1日に起きた「京都認知症母殺害心中未遂事件」。京都市伏見区で、認知症を患う母親(当時86歳)を1人で介護していた男性(当時54歳)が、母の首を絞めて殺害。自分も包丁で首を切り自殺を図ったという痛ましい事件で、記憶に残っている方もいらっしゃるでしょう。

母親の病状が進むにつれ介護は過酷を極め、男性は退職に追い込まれました。結果、デイケア費や家賃の支払いができなくなり、心中を決意したもので、当時の裁判官は懲役2年6か月、執行猶予3年(求刑懲役3年)という異例の「温情判決」を下しました。さらに裁判官から男性へ、「お母さんのためにも幸せに生きていくよう努力して」と声をかけたのです。

しかし事件から10年後の2016年に、男性の悲劇的な「その後」が報じられました。男性は2014年8月に、滋賀県大津市の琵琶湖周辺で投身自殺をしていたというのです。亡くなる際に身につけていたカバンに入っていたのは自分と母親のへその緒、そして「一緒に焼いて欲しい」と書かれたメモでした――。

介護の苦しみが、いたましい事件につながることは少なくありません。2015年の内閣府の統計では、243人が「介護・看病疲れ」を理由に亡くなったとされています。ただし遺書が残されていなかったケースは統計上自殺と認められないため、実際の件数はさらに多いと考えるべきです。

また、前述の事件のように不安やストレスを抱えた介護者が、介護している相手を手にかけて心中しようとするケースもあります。介護者が「死にたい」と感じたとき、世話をしてきた家族を残してはいけないと考えるため、心中を決断してしまうのです。

介護が原因の殺人事件は1998年から2015年の間に716件発生していて、近年は年間40~50件が確認されています。介護をサポートする施設やサービスを国が提供する「介護保険制度」が始まったのは2000年ですが、その後も発生件数は減っていません。

介護ストレスは親の本音を聞き出すことで解消できる

しかし、利用できるサービスや制度の充実は進んでいます。それらをうまく活用すれば、問題が深刻化する前に和らげることはできるはずです。また、関わり方を少し変えるだけで、老親のケアをする日々に楽しみを見つけることだって可能です。一見、出口の見えない介護生活を大きく変える方法は存在します。

親の本音や希望を知ること。これが介護ストレスを解消し、苦しみから逃れるために必要です。「家族だから親のことは理解している」と思いがちですが、実際に介護生活が始まってみると、たとえ親であっても何を考えているのか本心が読めない場面に出くわすことがあります。たとえば外に出かけたいなどという要望、生きる目標。親は子にだからこそ「迷惑をかけたくない」と遠慮し、本音を語りません。

親の本音を知らなければ、介護はただの義務となり、「生きること」「生かすこと」が目標となってしまいます。たとえば、脳卒中による麻痺で体の片側を動かすことが不自由になったとき、多くの親子や、それを看る専門家でさえも、「歩けるようになること」「自力でトイレに行けるようになること」など、誤った人生の目標に向かって、一心不乱にリハビリに励む様子が見受けられます。

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