トランプ勝利の根因、「反知性主義」とは何か 「知能」が「知性」を打ち負かした

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トランプの勝因はずばり、その知能、「インテリジェンス」だったといえる。彼は実にアメリカ的な「インテリジェンス」の体現者であるが、知性(インテレクト)ではない。彼は単に自分の感性や感情を言葉にしただけではなく、「こういえば、受ける」ということを知り尽くしたうえで、あえて、感情を表出し、受け手の感情に訴える、という計算されつくした手法をとった。

人を説得する術はインテリジェンスの大きな武器の一つ。訓練されて、技術として身に着け、極端に成熟したものだった。このように、トランプはアメリカ人の反権威、反エリートという潮流をよみ、その水脈といえる人々の「反知性主義」という有力な武器をうまく利用したのだ。しかし、インテリジェンスの力だけでは人間は幸福になれない。優れた知能でも才能でも、「果たして地球人類のためになるかどうか」という意識が働いていなければサステナブルなものにならないからだ。

ホーフスタッターは、別の著書で、アメリカの政治のもう一つの特徴として、パラノイアを挙げている。偏執狂とでもいうか、不安や恐怖を受けて妄想を抱きやすい傾向があると指摘した。トランプは、今回の選挙では、こうした側面も刺激したといえる。

欲望をコントロールする仕組みが宗教だ

――この本の中には、反知性主義者の旗手として、安易な”救済“を約束し、人々を熱狂させるキリスト教宣教師が数多く登場するが、まさにトランプはこの世論操作に長けた「宣教師」のようなものだったのではないか。

人間の「欲望」はモチベーションになり、行動を起こす原動力となる。しかし、各人が勝手にやりたいことをやっていたら、他の人とぶつかる。人間関係の中で、欲望をコントロールする、その仕組みが宗教だ。キリスト教徒、イスラム教などにおいて、人間は「神との契約」(コミットメント)の下で生きている。契約通りに生きれば、神は「真理」という素晴らしい贈り物をくれ、人間は自由になれる。それがギリシャ・ローマの流れをくむ宗教の基本的な柱。トランプはそうした人々の考え方を理解した上で、彼の訴えこそが、「神との契約」に沿う内容である、と感情に訴求する形でアピールし、(宗教的)熱狂を生み出した。一般的にはダーウィンの進化論は真理だと考えられているが、アメリカでは、それを絶対に認めない人も大勢おり、反進化論の博物館が作られたりする。そうした(反知性的な)素地をよく知りぬいていたということだろう。

また、宗教だけではなく、アメリカにおける民主主義の特性も大きく影響している。「アメリカの民主主義」という本で、19世紀のフランスの思想家トクビルは「アメリカ人というのは全員、自分のことしか考えていない徹底的な利己主義者」と指摘している。アメリカの民主主義の根幹にあるのは、それぞれが、個々人の「Habits of Heart」(心の習慣)に基づいて行動をするということだ。

これがアメリカの民主主義の健全性を維持させると同時に、反知性主義を生み出す根幹にもなっている。非常に強いようで、弱く、大きくブレる。フランスやイギリスの基本的人権のようなしっかりした強いものが、アメリカでは個人の心の習慣に置き換えられている。その「心の習慣」の中核が「フェア」(公正)であるべきということ。これは普遍的な正義である「ジャスティス」ではない。つまり「そこそこ、正しい」ということ。だからブレがある。「国連には入らない」とか。反グローバルと言ったような動きもそれにあたる。自分にとって「フェア」なら、ジャスティスでなくてもいい、という考え方が集合した形で出るとトランプやその支持者のような考え方になる。まさに、これがアメリカの民主主義の強さでも弱さでもある。

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