安倍外交の「成果」が次々と崩壊し始めている 会談5日後にトランプ氏は「TPP離脱」を宣言

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その一方で、ドゥテルテ大統領は就任後いち早く中国を訪問し、習近平国家主席らと会談し、フィリピンに対する2兆円を上回る経済援助の約束を取りつけた。当然、首脳会談で仲裁裁判所の判決に触れることはなかった。

ドゥテルテ大統領にしてみれば、いくら裁判で完勝しても判決に強制力はないだけに、中国に強い態度で臨んでも何のメリットもない。国際社会が強力にバックアップしてくれるのであればいいが、判決を積極的に支持して、中国を非難しているのは日米両国とオーストラリアの三カ国だけだ。他の多くの国は判決を評価しているものの、だからといって中国に注文を付けているわけでもない。

従ってドゥテルテ大統領が中国との関係を改善して実利を取るという戦略に転じたのも無理はない。判決を利用して中国から経済援助を得るという実利優先の外交を展開したのだ。そればかりかドゥテルテ大統領の訪中後間もなく、首都マニラに最も近いサンゴ礁のスカボローから中国船の姿が消えた。ドゥテルテ大統領のしたたかさが光っている。

仲裁裁判の判決は明らかに日本の外交的成果だった。しかし、判決後は肝心のフィリピンが中国に接近したため、判決は何ら影響力のない文書となってしまうという予想外の展開となった。ここでも安倍首相の対中戦略は失敗したのだ。

周辺事情が次々とひっくり返るおそれ

中国の著しい政治的、軍事的、経済的台頭にどう対応するかは、当面、日本にとって最大の外交課題であり、安倍首相が対中戦略を日本外交の中核に据えるのは当然だろう。そして、ここ数年、着実に成果を上げてきたことも事実だ。

しかし、それが日本側のミスが原因ではなく、他国の国内事情や政権交代が原因で崩壊しつつある。それが外交の難しさである。

これからも、トランプ大統領がいかなる対中政策を打ち出すのか、一方の中国が新大統領にどういう方針で臨むのか、ロシアのプーチン大統領はどう出てくるのか、不確定要素が後を絶たない。いずれにせよ三つの外交成果の相次ぐ崩壊で、安倍外交の立て直しが必要になっていることは間違いない。
 

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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