英国路面電車の「脱線事故」はなぜ起きたのか 低速トラムに潜む危険性

拡大
縮小

ところが、そのトンネルを抜けた先はほぼ90度の左カーブとなり、制限速度は時速20キロメートルまで一気に減速される。旧国鉄路線は、そのまま北~北西方向へ進み、エルマースエンドへと向かっていたが、トラムはここで再び西へ向かい、そのまま道路との併用区間を抜けてイーストクロイドン駅~クロイドン市内中心部へ向かって進んでいく。

この区間を乗車してみるとよくわかるが、トンネルを抜けた列車は時速80キロメートルからカーブ手前で一気に時速20キロメートルまで減速して、ほぼ90度の直角カーブへ進入する。筆者個人の率直な感想として、もし何らかの理由でほとんど減速をせずカーブ区間に突入したら、横転して当然といえるだろう。

乗客の証言から、ブレーキを掛けた形跡がなく、居眠りが原因とする説が今のところ有力となっているが、それは今後、捜査が進んでいく中で明らかになっていくだろう。まだ夜が明ける前だったことに加え、この日の早朝は現場付近で激しい雨が降っていたことも何らかの原因となったのかもしれない。この時期は落ち葉のシーズンで、線路は非常に滑りやすく、そこへ雨という悪条件が重なり、ブレーキが間に合わなかったと考えられなくもないからだ。

トラムにも速度制御装置の設置を

クロイドンを走るトラム。郊外は旧国鉄廃線区間を高速で走る(筆者撮影)

今回の事故では、本来は低速で走るはずのトラムが横転したということで、いったい何が起きたのかと疑問を持った方が多かったようだ。しかし、最近のトラムは私たち日本人が思い描く「チンチン電車」からは全くかけ離れた、近未来の乗り物へと進化し続けている。

昨今世界的に広まりつつある、新世代の路面電車LRT(軽量軌道交通)は、市内中心部で路上から楽に乗れる気軽さと、郊外へ乗り換えなく直接移動できる便利さを兼ね備えている。特に郊外の専用軌道は、かつての鉄道路線を活用していることも多く、線形が非常に良いことから、その最高速度は普通鉄道と同等か、場合によってはそれ以上に達することもある。

しかし、ひとたび市内へ入れば、道路に沿って敷かれた曲がりくねった線路をゆっくり進むことになる。こうした路線はクロイドンだけではなく世界中どこにでも存在するが、問題は普通の鉄道なら一般的なATS(自動列車停止装置)のような速度制御をするシステムを搭載していない路線が多いということだ。よって、速度制御は運転士個人の技量や判断力に委ねられる。そのため、万一の際に列車を減速させ、停止させる手段がないのだ。

市内を低速度で走る場合はともかく、郊外区間で普通鉄道並みの速度で走行するトラムに関しては、そろそろ速度制御を行なうシステムの設置義務付けを検討しても良いのではないだろうか。

橋爪 智之 欧州鉄道フォトライター

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

はしづめ ともゆき / Tomoyuki Hashizume

1973年東京都生まれ。日本旅行作家協会 (JTWO)会員。主な寄稿先はダイヤモンド・ビッグ社、鉄道ジャーナル社(連載中)など。現在はチェコ共和国プラハ在住。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
鉄道最前線の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT