23歳国際線CAを壊した絶対的「睡眠不足」 「一年中時差ボケ」がメンタルヘルスを蝕む

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なお、さまざまな国を飛び回る青山さんの場合は、睡眠日誌を拠点としているP国時間で記録をつけるよう指導しました。眠り方としては、P国における22時から7時までの9時間の間の、うち7~8時間を睡眠に充てることを基本にし、眠気がある場合は、P国の昼下がりに相当する14時から16時頃に30~60分程度の仮眠をとることはOKとします。

長時間フライトの場合は、P国の22時から7時の間、ないしは14時から16時の間に積極的に仮眠を取る。それ以外の時間はできるだけ仮眠を控えることにします。他国に滞在している場合は、たとえ日中でもP国の22時から7時に相当する時間ならば遮光カーテンを閉めてホテルで眠ることにします。逆に、現地時間の夜であってもP国の午前中にあたる7時から12時の時間帯は決して眠らないようにします。

このように、勤務拠点の時間をその人の標準時として、他のどの国に滞在している場合も、拠点地の時間に合わせて寝起きすることが大切です。そして、休日など十分な睡眠を取ることのできる日は、拠点地時間の22時から7時を中心に出来るだけ長い睡眠をとって、余力を持った状態で次のフライトに臨むことです。

現役パイロットを1人も診察したことがない理由

CAのうつについてご紹介した流れで、同様の働き方をしている国際線パイロットにも言及しておきましょう。私は、これまで多数のCAを診察してきましたが、一方で1人の現役パイロットも診たことがありません。ただ、地上に降りた元パイロットは何人も診てきました。もしかすると、精神科医のもとを訪れる時点で飛行機を降りる覚悟が必要なのかもしれません。

こころのバランスを維持する基本は、パイロットの場合でもやはり睡眠・覚醒リズム管理、アルコールの制限、過不足のない運動の3点に尽きます。パイロットのメンタルヘルス上のリスクは、CA同様に睡眠・覚醒リズムの不安定さが最も大きな影響を及ぼしますが、加えてアルコールへの過度な依存や、運動不足も問題です。

特に気をつけたいのは、時差ボケで眠れないから酒を飲む、という習慣を絶対に作らないことです。アルコールは睡眠深度を浅くし、睡眠が本来持つ疲労回復効果を激減させます。パイロットとして現役のうちは、休暇中以外は一切アルコールを口にしないのも1つの方法でしょう。

また、質のいい睡眠に必要な、「適度な肉体的疲労」を得にくいという点でも、パイロットは不利です。

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普通のビジネスマンなら、通勤や営業による外出など、日頃の仕事の中で歩く要素が含まれ、特に運動を意識していなくとも1日7000歩程度は歩いています。一方、パイロットはせいぜい空港内を歩くくらいで、フライト中はほとんど座りっぱなし。これでは体が疲れないから、眠ろうと思っても眠気が訪れません。勤務日には空港内などにあるジムを利用してひと汗かき、休日にも意識して運動するように心がけましょう。

業界を挙げての対策も必要でしょう。2015年に起きたジャーマンウイングス旅客機墜落事故の原因が、パイロットの精神疾患にあったように、パイロットのメンタルヘルスの管理は航空の安全を守るための喫緊の課題です。

パイロットは誰もが羨むエリートであるとはいえ、超人的な身体を持っているわけではなく、あくまでヒトという動物です。そして、ヒトの身体は、地球という24時間周期の惑星に適応できるようにできています。

 したがって、世界を飛び回る生活のなかで、いかにして身体の24時間リズムを維持するかが重大な課題となります。アスリートにコーチが必要なように、パイロットにも生活習慣を指導するコーチが必要です。何も精神科医でなくてもいいのです。生理学の知識をもったプロをアドバイザーにつけることを、是非とも考えていただきたいと思います。

井原 裕 獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授

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いはら ひろし / Hiroshi Ihara

1962年鎌倉生まれ。獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授。東北大学(医学部)卒。自治医科大学大学院、ケンブリッジ大学大学院修了。順天堂大学准教授を経て、2008年から現職。日本の大学病院で唯一の「薬に頼らない精神科」を主宰。専門は、うつ病、発達障害、プラダー・ウィリー症候群等。精神科臨床一般のみならず、産業精神保健、刑事精神鑑定等にも対応。著書に『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)『うつの8割に薬は無意味』(朝日新書)など

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