統合は死んだ、だがEUは生きている 国家でも単なる国際機関でもない、等身大のEUとは?

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どっこいEUは生きている

そういうと、やはりEUは崩壊するのだと早とちりする向きも多い。ここで大事なのは、終わったのが連邦に向かう〈統合〉であって、〈EU〉ではないということである。

憲法条約は不成立であったが、その時点でニース条約(2003年発効)まで半世紀にわたり積み上げられた合意はそれなりに強固であった。1987年発効の単一欧州議定書から、ほぼ5年おきに条約改正をし、そのたびに全会一致でECやEUの存在を確認し、強化してきた。さらに、のちに憲法条約の中身のほとんどはリスボン条約(2009年発効)に置きかれられた。すなわち、憲法はなくとも、強固な統治体制――それは、西洋語では同じ ‘constitution’なのだが――を確立してきているのである。

その結果、水質汚濁の防止から通貨の利子率・流通量にいたるまで、あるいは農業・田舎の保全から武器輸出の規制まで、EUは深く欧州社会に入りこみ、じつに多彩な統治機能を果たすに至っている。予算の規模や性質をもってしても、並みの国際機関とは比肩しようがない。2012年当時年間1290億ユーロ(約15兆円)に達し、世界14~15位のGDPをもつ韓国の政府予算規模にほぼ匹敵する。そしてその歳出の4分の3は、農業セクターと経済的後進地域などへの補助金に向けられ、所得の再分配機能を果たしている。こうしてEUは、(連邦)国家に至っていなくても、単なる国際機関ともいえないほどの統治体として自己確立し、欧州のガバナンスになくてはならない風景の一部となっているのである。

権力装置としてのEU

このEUという統治体制は、加盟国のとりわけエリートにとって、抗しがたい魅力をもっている。それは3つのPで括りうるだろう。一つは、Peace(平和)。独仏が和解し、域内に平和が訪れたとするもの。日本ではこの面ばかりが強調されてきた。二つ目は、Prosperity(繁栄)。約5億人の豊かな一大市場をもとに、貿易を活性化させ、投資を引きつける。これが、いまユーロ危機で揺れているわけだが、その規模がもたらすメリットが消えたわけでもない。しかし、日本でもなかなか語られない第三の側面こそ、EUを存続させている最大の要因かもしれない。それは、Power(権力)である。つまりEUは、加盟国が単独では確保しきれない影響力を共同で保全する権力装置なのだ。これがあるから、欧州各国はEUを手放せない。

たとえば、1990年代前半、EU加盟前のフィンランドは、当時主力輸出セクターであったパルプ産業をアメリカにダンピングだとして狙い撃ちされていたのだが、それはフィンランドがEU加盟に向けて動く大きな推進要因となった。というのも、フィンランド一国でアメリカに貿易制限の脅しをかけてもアメリカにとって痛くも痒くもないが、加盟後の輸出入管理は関税同盟をつかさどるブリュッセルに主導権が移り、EU市場全体を相手にしなければならないアメリカにとって重大な関心事とならざるをえないからである。こうして、EUは加盟国の影響力を引き上げる共同浮上のメカニズムとなるのである。

さらに言うとEUは、一大経済体としての規制力をもとに、国際組織などで自らの声を反映させる代表性(representation)を巧みに確保している。国連やG8など大概の国際的な討議フォーラムにはEU代表を構成国代表と重複して送りこみ、IMFの専務理事はヨーロッパが握る。グローバル・スタンダードを左右するISO(国際標準化機構)では、過剰なまでに代表を出している。こうして、新興国が力をつけている最現代においてもEUはその集合的なプレゼンスゆえに影響力を保持し、加盟国一つ一つを無視しえぬように仕向けているのである。

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