ヒラリーが、しぶとく嫌われ続ける根本理由 女性リーダーが陥る致命的な落とし穴

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「Competence」(有能であること)と「Warmth」(人間としての温かみ)である。この二つがバランスよく高いことが求められるが、どちらにも秀でるのはなかなか難しいものだ。結局、「できる」けれども、温かみがなく、「冷たい」、であるとか、「温かい」人だけれども、「できる」感じではない、などというように、どちらかが突出してしまうことが多い。クリントンは非常に「有能」で「できる」ことは誰もが認めるところだが、とにかく「冷たい」印象がまとわりついている。これが彼女の最大にして、致命的な欠点となっている。

なぜなら、「人が温かく見えるか、冷たく見えるか」は、人の印象を形作る上で、最も大切な要因であるからだ。人の印象形成に関する研究の権威で、実験心理学者の開拓者といわれるソロモン・アッシュによれば、「人の印象は様々な特徴の総体として形作られるものではなく、『その人が温かいか、冷たいか』というたった一つの特徴によって、かなりの部分が決定づけられる」という。

女性候補としての難しさ

「温かいか、冷たいか」という特徴は、例えば、賢そうか、真面目そうか、といった他のあらゆる特徴を超えて、人の印象結成に決定的な影響を与えるということなのだ。

ここに、女性候補クリントンの難しさがある。女性は、母親らしさ、女性らしさを暗黙のうちに社会的に求められてきた。しかし、そうしたイメージが「有能だ」「できる」という印象を打ち消す働きをする場合もある。クリントンは、このジレンマの中で、「できる」姿を、優先的に見せるような戦略を取ってきた。強い調子で話し、大げさなジェスチャーを用い、有能な様をアピールする中で、「温かみ」が陰に隠れるようになってしまったのだろう。

さらに、不幸なのは、「冷たい」上に、「ヒステリック」というイメージもまとわりついてしまったことだ。彼女の力を込めた話し方に、「なんで彼女はいつもそんなに叫んでいるんだ」と揶揄する声もある。男性が、熱を入れて話していても、「情熱的」「真剣だ」と思われることはあっても、「叫んでいる」とは見られないだろう。「できる」女性は、冷たく、エラそうで、怒っているように見えてしまう危険性があるということだ。これがリーダーを目指す女性のジレンマだ。

元々、大統領選直前の10月には、「オクトーバーサプライズ」と呼ばれる候補者のスキャンダル暴露が相次ぐことが多い。古くはロナルド・レーガンのイランとの密約、ジョージ・W・ブッシュの飲酒運転歴の暴露などもあった。今選挙でも、トランプの税金逃れ、クリントン陣営のメール流出騒ぎなど、様々なスキャンダルが噴出したが、トランプの破廉恥会話のテープ事件以外は、それほど、支持率への影響はなかったと言われている。そういうことから、選挙戦自体にはあまり影響がない、という見方もある。

前回の記事でもご紹介したように、多くの人は、政策うんぬんよりも、自らの信条や候補者の印象など、本能的な、直感的な「好き」「嫌い」によって投票行動を決めている。クリントンやトランプに対する嫌悪感はもはや動物的直感であり、ディベートの結果や、スキャンダルなどはそもそもの支持者の考え方には大きな影響を及ぼさないようだ。結局はどちらにするのかを決めかねている有権者次第ということになりそうだが、不人気者同士の戦いは、どちらが勝っても、大きな禍根を残すことになる。波乱の時代の幕開けとなりそうだ。
 

岡本 純子 コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師

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おかもと じゅんこ / Junko Okamoto

「伝説の家庭教師」と呼ばれるエグゼクティブ・スピーチコーチ&コミュニケーション・ストラテジスト。株式会社グローコム代表取締役社長。早稲田大学政経学部卒業。英ケンブリッジ大学国際関係学修士。米MIT比較メディア学元客員研究員。日本を代表する大企業や外資系のリーダー、官僚・政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチ等のプライベートコーチング」に携わる。その「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれる。2022年、次世代リーダーのコミュ力養成を目的とした「世界最高の話し方の学校」を開校。その飛躍的な効果が話題を呼び、早くも「行列のできる学校」となっている。

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