「移民が仕事を奪う」という根拠なき感情論 膨大な研究成果が示す本当の影響

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メキシコ国境でのグレートウォール建設は、低所得白人労働者層の抱く認識と不満に敏感に反応したものである。彼らは、メキシコや中南米諸国からの移民がアメリカ国内の労働者から職を奪い、労働市場では賃金を低下させてきたと思いこんでいる。

本書で論じられているように、そうした経済効果についての認識が正しいかどうか、大いに疑問が残る。またイスラム教徒の入国を禁止しようとする措置は、ヨーロッパのみならずアメリカでも発生しているイスラム国(IS)に関連したテロ行為に対する発言である。

主として、前者は移民のもたらす経済的問題であり、後者はそれによる政治的問題である。しかしそうした発言は、信教の自由をうたうアメリカ社会の理念に反するだけでなく、アメリカにおける外国人に対する差別意識に訴える社会的問題である。

感情論とデータが示す真実はこんなに違う

それでは、感情的な議論ではなく、客観的な証拠に基づいて議論するとどのようなことが見えてくるだろうか。ここでは、代表的な3つの感情論を取り上げ、それぞれ本書で分析されているデータに基づいた研究結果と比較してみたい。

代表的な感情論1:「移民は雇用を奪う」

移民がアメリカ人労働者の雇用水準に及ぼす効果を考察した論文は多数あるが、大半がアメリカ人労働者の雇用を減少させる効果はないと結論付けている。かなりの数の文献を分析した最近のメタ解析でも、アメリカ人労働者の雇用は移民によってほとんど影響を受けていないことを示している。

代表的な感情論2:「移民で治安が悪くなる」

アメリカでは、外国生まれの移民の収監率はアメリカ人の5分の1である。日本でも、日本にいる移民のほうが日本人よりも犯罪率は低い。

代表的な感情論3:「移民が来ると国が貧しくなる」

自由な国家間の労働移動がグローバルな厚生水準を劇的に上昇させることについて、経済学者の間では論争の余地がない。最も悲観的な推定値でさえ、移民はアメリカ人に毎年50億~100億ドルの効率性の向上をもたらすとしている。

以上に紹介したのは、本書のごく一部にすぎないが、思い込みや感情論ではなく、複数の論文をもとに丁寧にデータ分析していくことで、まったく違う世界が見えてくることがおわかりいただけると思う。

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