ノーベル賞大隅氏が説く、「役に立つ」の弊害 「面白いから研究する」という人が減っている

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――オートファジーの機構解明も、酵母の研究という地道なところから始まっています。

私も液胞の研究を始めたときには、周囲から変なものをやっていると思われていた。科学研究にはそういう人がいていい。ノーベル賞も、ここ数年は取れる人もいるかもしれないが、10年後には取れる人がいなくなるのではないか。

「サイエンスの危機といってもよい状況だ」

面白いから研究をやる、リスキーなことでも取り組む、という人が減って、いかに早く一流誌に論文が載るかが問われ、そうでないと学振(学術振興費、優秀な大学院生に研究費と生活費を支給する仕組み)などのサポートを得られない。こういう仕組みのもとでは小器用な人ばかりが成功者になる。目立たない分野だと科研費(文科省が配分する研究費、新規の採択率は2015年度26.5%)に応募してもなかなか取れない。これはサイエンスの危機と言ってもいい状況だ。

民間企業でも、自社で開発するより欧米の会社を買うことが増えている。カネで解決する方法では研究者が育たず、レベルが下がっていく一方になってしまう。とても危険な状態だ。基礎研究には20年くらいの時間が必要で、せめて10年かけてもかまわないという余裕のある企業トップがいてくれれば、と思うが、難しい。このままでは日本の科学研究が空洞化してしまうのではないかと大変心配している。

<科学技術研究費>
総務省の科学技術研究費統計によると、1985年の学術と民間をあわせた研究費は8兆円超。95年13兆円、2005年18兆、14年18兆9700億円と順調に伸びている。だが、伸びているのは主に企業など民間セクターで、大学や公的研究機関は1995年に3兆円を超えたものの2014年になっても3兆6000億円をわずかに超えたに過ぎない。一方、企業研究者数は60万人超から58万人に減少しているが、大学では1997年に始まったポスドク(博士研究員)1万人計画もあり、研究員数が増加、2000年には33万人、14年には38.8万人になった。
また、学術振興会(文科省)から配分される科研費は2011年ごろから2300億円程度にとどまっている。しかも科研費は競争的資金で、応募しても採択率は2015年度で26.5%程度と厳しい状況にある。内容によって5000万円規模の資金が配分される分野もあれば数百万円止まりのこともある。メリハリがついているという見方もできるが、採択されない場合、研究ができない状況に陥る可能性もある。
大隅栄誉教授のノーベル賞受賞の報を受けた鶴保庸介科学技術担当相が「どのような研究や環境が最もノーベル賞に結びついているか過去の論文の引用本数を踏まえて検証したい」と述べたが、これは大隅栄誉教授の意見とはまったく逆の発想である。ことに基礎研究の場合、有望な研究かどうかを研究初期段階に見極めることは困難だ。有望な分野への重点投資も必要だが、有望かどうかわからない研究に対しても、それなりの配分をして研究の裾野を広げ、層を厚くすることも重要だろう。

 

小長 洋子 東洋経済 記者

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こなが ようこ / Yoko Konaga

バイオベンチャー・製薬担当。再生医療、受動喫煙問題にも関心。「バイオベンチャー列伝」シリーズ(週刊東洋経済eビジネス新書No.112、139、171、212)執筆。

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