中国の統計が歪んでいくカラクリ 「客観的な正確さ」よりも「政治的な正確さ」

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スウェーデン、イランに匹敵する「架空」経済

中国の統計で最もいびつな姿を見せるのが、国家統計局が発表する国としてのGDPと、31の省・市・自治区などが発表するGDPの合計値との大きな乖離である。

2011年、地方政府は合計で51.8兆円のGDP合計値を発表した。これは中央政府の発表である国のGDPを4.6兆元上回った。この4.6兆元は日本円にすると150兆円となり、経済体としての規模は国第2の経済力を持っている省の江蘇省に等しく、外国ではスウェーデンやイランに匹敵する「架空」の経済力が出現していることになる。中国では経済成長について「保8」、つまりどうやって年率8%を維持するかが大事になっているが、地方合計値のGDPでは今も年率10%の成長を続けている形だ。

原因は、中国語で「加水」と呼ばれる現象のためで、文字どおり地右方政府が数字を水増ししているからである。

地方のGDP関連の数字は地方の郷や鎮から県や市に上がり、そして省や直轄市がまとめ、中央政府に送られる。省や主要市のトップは政治任命なので中央から派遣された未来の指導者候補たちが着任している。前任者よりも低い数値になれば、その人物の将来に汚点がつく。上をおもんぱかって、省レベルの統計部門のトップは下部機関の県や市に「よい数字」を出すように求める。

その意向はさらに下に降りる。「よい数字」が出てくれば上の覚えがめでたくなるので、作為的数字を出すことのメリットが全体に共有され、粉飾された数字がいつの間にか客観的数字として生まれ変わるという仕組みである。末端から頂点まですべて数字を粉飾している構図なので、誰も本当の数字がわからないのが実情だろう。 

職業的忠誠は「よい数字」を出すこと

統計において正確さにその職業的忠誠が求められているというのは、法と民主主義に裏付けられた社会の論理にすぎない。中国は伝統的に政治優先の社会である。そのため、政策の実現が何よりも優先され、政策を実現できない指導者は無能の烙印を押されて出世コースから外される。この中国の政治システムにおいて、職業的忠誠は「よい数字」を出すことにある。

しかし、われわれが「疑わしい」と叫んでみたところで、中国の統計は中国以外には作れないし、統計の出し方自体は間違っていないので、世界銀行も中国のGDP作成方法については問題なしと評価し、データはIMFなどにも採用されている。

加えて、中国は世界第2位の経済体である。四半期ごとの経済成長率の数字が米国の雇用統計並みの注目を集め、その変動によって世界経済が右往左往する現実がある。中国の統計数字に対するいろいろなバイアスをかけたうえで判断していくしかない。その中で、われわれが中国の統計を眺めるとき、ゆがんだ数字を生み出すとき、内在論理を知っているかどうかで、その分析に大きな違いが出てくるはずである。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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