ワイン名産地「ボルドー」を襲う変化の波 生産者農家たちの葛藤と取り組み

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投資額は8100万ユーロ(約92億円)で、このうち81%はボルドー市を中心にアキテーヌ地方、ジロンド県など行政の補助金やボルドーの商工会議所などの拠出で賄われ、残りの19%は83の企業が出資した。プロジェクト始動から8年後に完成した建物の外観はデカンタをモチーフにしたもの。なにやら東京・隅田川沿いに建つ某ビール会社の本社社屋を彷彿させる。

展示コーナーに足を踏み入れると、「トラベル・コンパニオン」というスマートフォン型の専用端末を受け取ることができる。日本語を含む8カ国語対応の説明用の機器で、展示物にあるマークに端末を近づけると、一緒に渡されたヘッドフォンからそれぞれの言語が流れてくる。米国のワイン作りの紹介パネルに近づけると、同国の生産者の話す言葉が英語でなく日本語で聞ける、といった具合だ。

フランスの有名なゲームソフト開発会社、ユービーアイソフトが制作に携わるなどしたインタラクティブなデジタル展示は見学者を飽きさせない。そうした仕掛けは「お酒のテーマパーク」でありながら、ファミリー層の取り込みを意識しているように思える。入場料は大人1人20ユーロ。最上階にある試飲コーナーでの1杯分のワイン代が含まれている。

オープン3カ月で13万人が訪問

集客の出足は順調だ。年間の集客は45万人を見込む。ボルドー市のホームページによれば、オープン3カ月で120以上の国・地域から13万人が訪れたという。生産者農家もおおむね好意的に受け止めている。前出のボルドー・スウィートワイン連盟のドゥジャン会長は「われわれはよいブドウ栽培農家だが、よいセールスマンではないからね」と話す。

フランス国内のライバル都市も「ラ・シテ・デュ・ヴァン」の動向を注視する。「ボルドーはワインで世界的に有名だが、それ以外の魅力を伝える必要がある」と話すのは、パリに次ぐフランス第2の都市、リヨンのフランソワ・ガイヤール観光局長。つまり、「ラ・シテ・デュ・ヴァン」を観光の目玉のひとつとしてボルドー全体をアピールすべき、というわけだ。

これに対して、生産者側には「日本、米国、英国を除けば、ボルドーワインの海外での認知度は十分とは言えない」(AOCボルドー&AOCボルドーシュペリユール醸造家組合の本部「プラネット・ボルドー」のPR担当、バンジャマン・サマコイツ・エチゴアンさん)との指摘もある。

「世界のワインの首都」とも称されるボルドー。新たな「テーマパーク」の誕生は、地球温暖化に伴う生産減少の可能性なども指摘される中、足場を固め「首都」としての地位を不動のものにしたいという、行政、ワイン関係者双方の強い意欲の表れなのかもしれない。

松崎 泰弘 大正大学 教授

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まつざき やすひろ / Yasuhiro Matsuzaki

フリージャーナリスト。1962年、東京生まれ。日本短波放送(現ラジオNIKKEI)、北海道放送(HBC)を経て2000年、東洋経済新報社へ入社。東洋経済では編集局で金融マーケット、欧州経済(特にフランス)などの取材経験が長く、2013年10月からデジタルメディア局に異動し「会社四季報オンライン」担当。著書に『お金持ち入門』(共著、実業之日本社)。趣味はスポーツ。ラグビーには中学時代から20年にわたって没頭し、大学では体育会ラグビー部に在籍していた。2018年3月に退職し、同年4月より大正大学表現学部教授。

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