人はどうやって「トラウマ」を克服するのか 戦場体験、交通事故、家庭内暴力・・・

拡大
縮小

というように、トラウマ性ストレスにうまく対処するためには、まさに両者の均衡関係を維持・回復することが肝要だと考えられる。そして著者によれば、そうした均衡を維持・回復する手段には、トップダウンの調節方法とボトムアップの調節方法がある。

トップダウンの調節は、監視塔の力を強化するものであり、具体的にはマインドフルネス瞑想やヨガなどがそれに当たる。他方、ボトムアップの調節は、自律神経系の再調整を促すものであり、具体的には呼吸や身体動作、接触などを介して行われる。そして、そうした具体的な調節方法として、先に示したような多種多様な治療法を著者は紹介していくのである。

「本物の教科書は1冊しかない」

書影をクリックすると、Amazonのサイトにジャンプします

本書のハイライトは、間違いなく、それらの治療法について述べた後半部である。そこでは、驚きともいえる治療法と回復事例の数々が、著者の熱い筆致によって語られる。正直な話、おそらくこの部分は、その筋の専門家でなければ、「そんな方法で本当に効くの?」と訝しく思われる箇所もいくつかあるだろう。

ただそれと同時に、治療法の新奇性とともに、「できることなら何でもする」という著者の意気込みがことさらに目を引く部分でもある。健全な疑いを持ちつつ、新しいアプローチと著者の情熱を楽しみながら読んでいきたいところだ。

本書は次の献辞から始まっている。

“記録をつけ、教科書となってくれた患者のみなさんに捧げる。”

 

著者がかく言うのは、「本物の教科書は1冊しかない、それは患者だ」という恩師の言葉がいまも胸に息づいているからである。そのように患者と向き合いながら過ごしてきたこの世界的研究者の30年は、トラウマと精神医学の変遷の歴史を体現するものでもある。そうした歴史を頭に入れておくという意味でも、精神医学の関係者のみならず、サイエンス好きの読者にも広く手にとってもらいたい――本書は、評者にそう言わせたくなる1冊であった。

澤畑 塁 HONZ

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

1978年生まれ。専門書出版社に勤務。営業職。大学では哲学を専攻していたものの、最近の読書はもっぱらサイエンス系。ふたりの子どもと遊ぶ時間のため読書時間は半減しているが、それはそれでわるくないと感じている昨今。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT