戦後最大の経済事件「イトマン事件」の深奥 「住友銀行秘史」に描かれていること

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この中にイトマン事件がどう絡んでくるかだが、かつて目黒雅叙園に隣接した目黒雅叙園の新館(洋館)があった。ところが、1948年に「昭和の興行師」こと松尾國三が経営に乗り出し、新館を雅叙園観光ホテルとして分離して新設の雅叙園観光株式会社(現・東北雅叙園)に持たせ、1950年に上場した。合資会社雅叙園はここの地主であり、目黒雅叙園と雅叙園観光ホテルは名前は似ているものの、法的にもオーナーシップ的にも別物だったのである。

ところが、1984年に松尾が亡くなると、未亡人と経営陣との間で経営権争いが勃発し、高名な仕手筋コスモポリタングループ会長の池田保次が支配権を握って以降、雅叙園観光は伊藤や許らの仕手戦の対象になった。雅叙園観光はその過程において1997年に倒産し、ホテルは解体されるに至った。

伊藤がイトマンを食い物にしていく

元々、伊藤らの目当ては目黒雅叙園の敷地にあったのだが、雅叙園観光は土地を所有しておらず、敷地の3分の2は国有地(細川一族が相続税分を大蔵省に物納したため)、3分の1は細川一族の所有で、全てが借地だった。伊藤らはこの土地を再開発して儲けることを画策し、政治家を使って払い下げを工作したが実現はしなかった。にも関わらず、伊藤はこの敷地の再開発計画をイトマンの河村に提示し、これにまんまと引っ掛かったイトマンは、次第に伊藤の食い物にされていったのである。

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その後、目黒雅叙園の土地の建築許可に必要な道路面の大部分(再開発地区全体の約13%)を保有するファミリーカンパニーの細川ホールディングスが、当該土地の買い取り工作を繰り返してきたローンスターに対して、突如、底地の借地契約の解除を通告し、地代の受け取りを拒否する挙に出て係争になっていたのが、上記のGIC撤退の原因である。最終的には、プルデンシャル・リアルエステート・インベスターズ・ジャパンを絡めたローンスターのウルトラCによって、この土地の所有権はローンスターへ移転することになるのだが、それがまた裁判沙汰になっている。

イトマンの問題がここまで大きくなったのは、雅叙園観光が土地を所有していないにも関わらず、目黒雅叙園と混同させる伊藤の言説に河村や磯田が騙され、この再開発ができれば一発逆転できると、全く意味のない期待をしたことが原因だった。

このように、長大な不動産取引の論文が書けてしまうほどこじれにこじれた目黒雅叙園問題に、イトマン事件は大きな影を落としている。そして、ローンスターという黒船がなければ、行人坂の魔物は永久に退治できなかったことに、日本人として一抹の寂しさを覚えるのである。

堀内 勉 多摩大学社会的投資研究所教授・副所長、HONZ

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ほりうち つとむ / Tsutomu Horiuchi

外資系証券を経て大手不動産会社でCFOも務めた人物。自ら資本主義の教養学公開講座を主催するほど経済・ファイナンス分野に明るい一方で、科学や芸術分野にも精通し、読書のストライクゾーンは幅広い。

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