NASA研究者が語る「宇宙開発の意義」 なぜ宇宙に大金を使うのか

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宇宙開発は文明の存在意義を求める営み

では、現代の人間文明は科学においてどこまで到達したのか。この宇宙には人間の理解がいまだ及んでいないことが数多くある。たとえば、この宇宙が持っているエネルギーのうち、人間が現在の科学によって認識できるものはたったの4%でしかない。残りの96%は、ダークマターやダークエネルギーと呼ばれる、存在はわかっているが正体は未解明のエネルギーで占められている。

そして、科学的にも哲学的にも最も重要な問いのひとつ「生命を育む星は地球以外にもあるのか、生命の種が地球にまかれたことは偶然なのか必然なのか」という問いにも、まだ答えは与えられていない。

現代の人間文明はどれだけの範囲を冒険したか。わかりやすいように、太陽系(ヘリオポーズまで)を東京ドームの大きさに縮めて考えよう。すると、地球の直径はたった0.1ミリメートル弱、マウンドの砂粒ほどの大きさでしかないのだ! 現在まで人類が足跡を残した最遠の地である月でさえ、地球からたった2ミリメートルの距離しかない。

太陽系も広大な宇宙のほんの片隅にすぎない。映画『アバター』の舞台となったケンタウルス座アルファ星は、太陽から最も近い恒星であるが、それでさえ東京ドームから約300 キロメートルの距離、おおよそナゴヤドームの位置にあるのだ。天の川銀河の大きさはこのスケールでも地球の500倍の大きさがある。そして、宇宙にはそんな銀河が1000億個も存在している。

それだけ広い宇宙にあって、人類が到達した範囲というのはたった半径2ミリメートルの領域でしかない。無人探査機が到達した範囲でさえ、まだ東京ドームの中にとどまっているのだ。

宇宙というスケールでみれば、われわれの人間文明はいまだに、アルキメデスが登場する前のギリシャ、テヴェレ河畔の7つの丘を占めるにすぎない頃のローマなのである。

そして、現代における宇宙開発は、人類文明が自らの存在価値としての科学や冒険を前進させる役割を担っていると、僕は考えるのだ。

宇宙望遠鏡を用いてこの世界に残る96%の闇に光を当てる。惑星探査機を飛ばして地球外に生命の種がまかれた痕跡を探す。そして有人宇宙探査を火星、小惑星、その先まで行い、東京ドームの中のたった半径2ミリメートルの円の中にとどまっていた人類文明の足跡を、外へ外へと広げる。それらはアルキメデスやカエサルが現代に生きていたら望んだことに違いない。それらはとりもなおさず、人類文明5000年の命の中で脈々と続けてられてきた、自らの存在価値を求めんとする精神的な営みの継続なのである。

人類文明のメメント・モリ

そうはいっても、文明のために人間を犠牲にするのは本末転倒だから、GDPの99%は、人々に衣食住を保障し、困窮することをなからしめ、生活を豊かにすることに使われるべきだろう。だが同時に、GDPの1%でもいいから、宇宙開発に限らずとも、豊かな芸術を育み、高度な科学的知識を蓄積し、より遠くを目指して冒険を続けてきた人類文明5000年の営みを継続することに使うべきだと思う(ちなみにJAXAの予算は日本のGDPの0.05%である)。

もちろん、生き甲斐なんて考えるだけ無駄だと思う人がいるように、文明の存在意義など考える意味がないという人もいるだろうし、僕はそのような意見を頭ごなしに否定するつもりはない。

ただ僕は、僕自身がメメント・モリと自問し人生の意義を探し求めているように、この人間文明も、メメント・モリと自らに問い、その存在の意義を求め続けていくべきだと思うのだ。僕が後世に残る仕事をしたいと思うのと同じように、人類文明もその存在の価値が後続の文明に認められるような仕事をすべきと思うのだ。
そして僕は、人類文明をそのような高みに持ち上げることに、この人生をかけて、微力ながら貢献したいと思っている。それこそが、僕が宇宙開発の仕事にこの一生を捧げようとする理由である。

小野 雅裕 NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者

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おの まさひろ

1982年大阪府生まれ。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程修了。2012年より慶應義塾大学理工学部助教。2013年より現職。火星ローバー・パーサヴィアランスの自動運転ソフトウェアの開発や地上管制に携わるほか、将来の宇宙探査機の自律化に向けたさまざまな研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。

ブログ: onomasahiro.net/
Twitter: @masahiro_ono

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