NASA研究者が語る「宇宙開発の意義」 なぜ宇宙に大金を使うのか

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それでは、文明は何を「生き甲斐」にすればよいのだろうか。僕は、芸術、科学、そして冒険の3つを挙げる。

芸術。それは文明が長い年月をかけて築き上げた思想、信仰、哲学の表現だ。たとえばグラナダのアルハンブラ宮殿。精緻な幾何学的装飾をまとった内壁や天井と、内庭に完璧な対象を成して配置された水路や花壇の見事な調和。その美は、ひと時スペインの地に花咲いたイスラム文化の精神的豊かさの象徴であり、それが滅んだ後も、そこを訪れるわれわれに畏敬の念を抱かせる。

もしアルハンブラ宮殿が存在しなかったら、どうなっていただろうか。当時の民衆にとっては、王の宮殿造営のために税や労役を課せられていたわけだから、そのほうがむしろよかったのかもしれない。だが、イスラム世界の末端の小国家であったナスル朝が、現在のように注目されることも、評価されることもなかっただろう。

科学。それは文明の知的到達点を示す道標である。古代ギリシャが歴史において特別な地位を占め続けるのは、そこが現代まで脈々と続く、哲学、数学、物理学、天文学、論理学など、諸科学の源流の地だからである。夜空を48の星座に分け、おひつじ座、おうし座、ふたご座というように、現代も使われ続けている名を与えたのがギリシャ人だったからである。

もしギリシャがアルキメデス、エウクレイデスやヒッパルコスを輩出しなかったらどうなっていたか。プラトンがアカデメイアを、アリストテレスがリュケイオンを開かなかったらどうなっていたか。当時の民衆の日常生活に大した影響はなかっただろう。だが。ギリシャは奴隷労働によって支えられた経済で幾ばくかの富を築いた、ヨーロッパの片隅の小国という以上の評価は与えられなかっただろう。

最後に冒険。それは文明の物理的到達点を拡張する作用である。テヴェレ河畔の7つの小さな丘の頂上を占めるにすぎなかった都市国家・ローマは、やがて3つの大陸にまたがる大帝国を築き上げた。帝国は滅んだが、現在の西欧世界の言語、文化、宗教に絶大な影響を残した。

もしローマ人が7つの丘に引きこもっていたらどうなっていただろうか。周囲の諸部族にとっては、ローマに征服されずに済んだのだから、福音だったであろう。だが、ローマは歴史上生まれては消えていった星の数ほどの小国家のひとつに終わり、歴史にも、記録にも、記憶にも、残ることはなかっただろう。そして世界は今とはずいぶん違うものになっていただろう。

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