消費者被害に救済法、集団訴訟の期待と不安 消費者が企業を訴えやすくなる法案、審議始まる

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訴訟濫発に不安募る企業

これらの工夫にもかかわらず、企業側の懸念は消えていない。消費者訴訟の濫発(濫訴)だ。日本経済団体連合会は「訴訟の勝ち負けに関係なく、訴訟を起こされること自体が企業のブランド価値を毀損してしまうリスクがある。企業の修理対応で満足していた消費者が、いわば勝ち馬に乗る形で訴訟に参加してくることも考えられる」(経済基盤本部の和田照子主幹)と話す。

一方、在日米国商工会議所(ACCJ)で対外政策評議会副委員長を務めるエリック・セドラック弁護士は「現行の差し止め訴訟は消費者団体の経済的な見返りがないが、集団訴訟なら、賠償の一部を報酬という形で受け取れるインセンティブが働く。対日投資や企業のイノベーションを妨げることにもなりかねない」と指摘する。クラスアクションを専門とする法律事務所が、集団訴訟のネタとなる被害を鵜の目鷹の目で探し出して訴訟を濫発する、訴訟社会・米国の実態が念頭にあるようだ。

ただ、前述のように、日本の新制度は、米国のクラスアクションとは大きく異なる。むしろ心配すべきは、持続可能な形で制度がうまく機能するかだろう。差し止め訴訟の実績のある消費者団体からは「差し止め訴訟の場合、弁護士の手弁当で何とかやりくりしているのが実情で、実務上、なかなか訴訟に至らない事例がほとんど。マンパワーや財政規模から考えて、濫訴なんていったいどこの国のお話か」(消費者機構日本の磯辺浩一専務理事)と一蹴する。

この制度がうまく機能するかどうかのカギを握るのは、消費者に成り代わって訴訟を起こす消費者団体の力量だ。現に、全国に11団体存在する認定消費者団体の中でも、差し止め訴訟を手掛けたことのない団体が存在する。そもそも、東北地方には認定消費者団体自体が存在しない。差し止め訴訟の件数も全国で6年間に29件にとどまる。「これからは情報収集の体制を整えたり、被害回復を長引かせないために、スピード感も要求される」(磯辺氏)。消費者の信頼に足る人材の確保や財政面での充実といった課題もある。

さらに、訴訟を起こしても、企業に資産が残っていなければ、いくら勝訴しても、被害者救済は絵に描いた餅になりかねない。消費者庁消費者制度課の堀井奈津子課長は「訴訟の前に逃げてしまうなど、本当に悪質な業者は新制度でもとらえきれない」と限界を認める。

消費者庁では現在、行政が賦課金を課したり、破産手続きを申し立てるなど、消費者救済を迅速かつ実効性のある形で進める制度の検討を並行して進めている。新制度が導入されても、消費者被害のすべてが救済されるわけではないことにも留意が必要だ。

(撮影:尾形文繁 =週刊東洋経済2013年5月11日

山田 徹也 東洋経済 記者

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やまだ てつや / Tetsuya Yamada

島根県出身。毎日新聞社長野支局を経て、東洋経済新報社入社。『金融ビジネス』『週刊東洋経済』各編集部などを経て、2019年1月から東洋経済オンライン編集部に所属。趣味はテニスとスキー、ミステリー、韓国映画、将棋。

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