「3人の親」を持つ子、その可能性と問題点 生命倫理を揺るがす科学技術がまたひとつ

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「3人親法」のしくみ

ただしこの方法では、核を取り除くために受精卵を壊す必要があるため、イスラム教徒であるヨルダン人夫婦は拒否。そのためザンらが試みたのは、卵子を母親、ドナー女性から入手してそれぞれから核を取り除き、核がなくなったドナーの卵子に母親の核を移植し、できた卵子に父親の精子を体外受精させる、という方法である=図参照。

どちらも結果としてできる受精卵には、母親と父親に由来する核DNAと、ドナーに由来するミトコンドリアDNAがある。

米国でこの方法は、今のところ認められていない。そのためザンらは「何のルールもない」というメキシコで実施。全部で5個の受精卵がこの方法でつくられ、1個だけが正常な胚へと成長し、母親に移植された。そして今年4月6日、男の子が生まれた。

ザンらはこのケースを10月に予定されている米国生殖医学会で報告するとしており、現時点ではわからないことが多い。

たとえば、卵子のドナーについてはまったく伝えられていない。正常に成長しなかった四つの胚が廃棄されたのか、凍結保存されているかなども不明だ。

多くのメディアは「3人分のDNA」などと「3人」を強調している。しかし、ミトコンドリアDNAで確認されている遺伝子はわずか37個で、細胞全体の約2万個と比べたらごく少数。「2.001人の親」と呼ぶ専門家もいる。

また「世界初」にも焦点が当てられるが、不妊治療として、ドナーのミトコンドリアを含む細胞質を母親の卵子に注入する「細胞質移植」という方法が1990年代から数十例行われたこともある(現在は禁止)。

「3人親法」の問題は別にある。

今年6月、米研究チームが、「3人親法」で母親のミトコンドリアを取り除いても、母親の核とともに持ち込まれたわずかな量の変異ミトコンドリアが増えてしまう可能性を示唆する実験結果を、専門誌セル・ステムセルで発表した。

子は同意できない

また3人親法は生まれた子が女性ならば、本誌9月12日号で伝えた「受精卵ゲノム編集」と同じく、次世代に伝わる遺伝子改変である。今回は生まれた子が男児で、ドナーから受け継いだミトコンドリアが彼の子どもに遺伝することはないが、1個だけ正常に成長した胚が女性だった場合、夫婦やザンがどうするつもりだったかはわからない。

日本ではどうなっているのか。3人親法は遺伝子治療の指針で禁止される見通しだが、強制力はない。患者が国境を越えて規制の緩い国に行くこともできる。

そして、さらに原理的な問題が横たわる。いずれの場合も、生まれてくる子どもはインフォームド・コンセント(情報を得たうえでの同意)をすることができないということだ。国際的な議論によって、一日も早くコンセンサスを形成する必要がある。(文中敬称略)

(サイエンスライター・粥川準二)

※AERA 2016年10月10日号

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