トランプは米国の「暗黒面」を巧みに利用した 煽ったのは「恐怖」「怒り」「疑念」だ

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共和党主流派の幹部は、11月の本選挙を「過去数十年で最も対立含みの候補」の下で戦う可能性と向き合うことになったのだ。そうなれば、大統領選に負けるばかりか、連邦上院の支配権も失う恐れがある(大統領選挙の投票日である11月8日には上院議員選挙の投票も行われる)。この悪夢のような未来予想が現実となれば、党が自壊し、嵐の海に飲まれた船のように沈んでしまうことも考えられる。

人々の「恐怖」「怒り」「疑念」を利用した予備選挙

トランプ陣営は、「選挙活動に大金を寄付した者たちが支配する」という現在の政治システムに疑いを抱いている人々、さまざまな恐怖にさらされている人々の不満と怒りをうまく利用し、選挙戦を勝ち抜いてきた。トランプが利用した恐怖は、次のようなものだ。

・イスラム系テロリストに対する恐怖……トランプは、イスラム教徒のアメリカ入国を一時的に禁止し、中東で大規模な軍事行動を始めるべきだと主張している
・失業の恐怖……メキシコからの不法移民1100万人を国外退去処分とし、国境に巨大な壁を築き、メキシコにその費用を払わせるべきだと言っている
・犯罪の恐怖……本来は大統領が命令できることではないが、トランプは死刑の適用対象を広げる道を探るつもりだと語っている
・グローバル化の恐怖……中国やメキシコと貿易戦争を始めるべきだと言っている

また、トランプは人々の怒りと疑念を利用するために、次のような手段も取った。

元戦争捕虜やジョン・マケイン上院議員の軍での功績を馬鹿にする
・気候変動は嘘だと言い切る
・2001年9月11日の同時多発テロで、ニュージャージー州の「何百万もの人々」が世界貿易センタービルの崩落に歓声を上げたという嘘を広める
・記者を「極めて不愉快。まったく不誠実な連中」と呼び、悪人扱いする

トランプの主張は、彼が急ぎで選挙戦マニフェストをまとめた書籍『Crippled America(機能不全のアメリカ)』と、彼のスローガンである「アメリカを再び偉大にする」に集約されていると言えよう。彼が開く集会では、参加者が、かつてニクソン大統領が用いた「サイレント・マジョリティ」という言葉が書かれたプラカードを振る中、「われわれの国を取り戻す」という文言が繰り返し唱えられる。

この光景からわかるのは、「外国勢力によって国を乗っ取られ、声さえ奪われ、力を失った」と感じているアメリカ人が、数百万人規模でいるということだ。そんな人々は、トランプの言葉の中に自分の声があるのに気づく。マサチューセッツ州エバレット在住のトランプ支持者、パトリシア・アギラーはニューヨーク・タイムズ紙に対して、トランプは「人々が本当は感じている」のに「恐れて誰も言えずにいる」ことを表現しているのだ、と語った。

トランプ特有の弁舌と派手なスタイルに触発され、多くの人が彼の集会に殺到した。テレビのプロデューサーは他の候補者よりはるかに長い時間をトランプに割く番組づくりをする。彼が映れば視聴率が急上昇し、あまりの効果に、自分を利用してテレビ局が大儲けしているとトランプが不満を言い出すほどだった。

また、インターネット上では数千人単位の支持者のグループができ、虚偽のニュースを共有し、宣伝活動を行った。画像加工ソフトを使ってトランプ支持者の写真を偽造したポスターもつくられた(黒人男性がトランプ支持のスローガンを印刷したTシャツを着ているというつくりものの画像もある)。

トランプ本人のソーシャルメディアへの投稿も同じだ。しばしばうそや事実の歪曲があったり、怒りにまかせて書かれていたりする。ある支持者が、オンライン掲示板サイトの「Reddit」に、明らかに賞賛する調子で書き込んだとおり、「毎日毎日まったく同じように、彼はクソ投稿ばかりしている」のだ。

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