(第19回)数学大国江戸の日本~建部賢弘~(その3)

桜井進

●建部賢弘の後半生

 1713年徳川家継が七代将軍となり建部賢弘は家継に仕えることになります。しかし家継はわずか在位4年で没してしまいます。次に吉宗が八代将軍となり、通例通りその家臣はそろって引退しました。建部賢弘も引退することになりました。ところが吉宗は建部賢弘を江戸城に呼び戻したのです。改暦のためだったのです。建部賢弘は『算暦雑考』、『極星測算愚考』、『授時暦議解』といった書を著し、天文、暦算の顧問の役を果たしました。
 結果、建部賢弘は三代の将軍に仕えることになったのですが、これは江戸時代にあってはめずらしいことで、いかに将軍家が建部賢弘の才能を買っていたかがわかります。

西暦 建部賢弘(1664~1739) 徳川家
1709年 46歳、西城御小納戸になる。 綱吉没。家宣六代将軍となる。
1712年 49歳 家宣没。
1713年 50歳 家継七代将軍となる。
1714年 51歳、一番町に引っ越す。
1716年 53歳 家継没。吉宗八代将軍となる(1745 年まで)。
1721年 58歳、二丸御留守居となる。
1722年 59歳、『綴術算経』、『不休綴術』、『辰刻愚考』を著す。
1725年 62歳、『国絵図』、『歳周考』を著す。
1726年 63歳、『暦算全書』(梅文鼎著)の翻訳を命ぜられる。
1728年 65歳、『累約術』を著す。
1730年 67歳、御留守居番となる。
1732年 69歳、御廣敷用人となる。
1739年 76歳、没。
46歳以降(45歳まではこちら

●建部賢弘『綴術算経』のことば

 円周率の値は、原理的には加減乗除と開平(平方根の求め方)でいくらでも求めることができます。しかし計算効率がよくありません。そこで関孝和は「増約術」を工夫することで円周率に挑戦したのでした。建部賢弘はさらにその上を目指したのです。「累遍増約術」と彼が呼んだ方法は10個のデータから円周率を40桁求めることができるものだったのです。師関孝和を越える値をはじき出してみせました。さらに、建部賢弘は無限級数の技を見つけ出すまでに至ったのです。これらが紹介された著作が建部賢弘59歳の『綴術算経』です。円の中に見つかる数~円周率や弧の長さ~を効率良く計算するために建部賢弘は数十桁の数値を計算し結果をじっと眺めたのです。そのするどい眼光の奥に、数の背後に潜む規則を見つけ出しました。

 建部賢弘が将軍吉宗の求めに応じ書いたこの本の題名に選んだのが「綴術」でした。『綴術』とは、円周率の計算で有名な古代中国の数学者祖冲之の著作のことで、これこそふさわしい名前であると考えたのです。数十桁の数値計算の中から術を見つけ出す作業の中に建部賢弘は数学研究の神髄を見つけ出していったのです。『綴術算経』の冒頭で建部賢弘は「綴術は綴りて術理を探り会するものなり」と述べています。
 建部賢弘のこの考え方を「帰納法」というにはその本質を表してはいないでしょう。計算という具象から、術という抽象を見つけ出す。その間にある深い過程を建部賢弘は語り尽くそうとしたのです。
 そして、自らが師関孝和に導かれて数学の道を歩んできたことをかみしめながら、これから後に続く若者に励ましの言葉をおくるのです。

 私自身見つけた驚くべき文章を紹介しましょう。

算数の心に従うときは泰(やす)し。従わざるときは苦しむ。

従うとは、其のこと未だ会せざる以前に必ず得ることを実に肯する故、心に疑うこと無くして泰きに居る。泰きに居る故に、常に為して止まらず。常に為して止まらざる故、成し得ざるということなし。従わざるとは、其のこと未だ会せざる以前に、得べをも得べからざるをも料ること無くして疑う。
 古今東西未だかつて「数学の心」といった数学者を建部賢弘以外に私は知りません。このときから、建部賢弘が追求した数学は「数学道」であると私は考えるようになりました。
 茶道、華道、香道、剣道、…それらすべてが合理的な思考と手法をもってして、美と調和を追求します。「道」というのは何かに役立てようとする営みではありません。あくまで自分を一つの極みまで引き上げようとする精神活動といえます。だとすれば数学はまさに「数学道」なのではないでしょうか。私たち日本人にとっての数学は一つの「道」であるといえます。
 300年前の建部賢弘の数学と言葉は、世代を超えて今を生きるわたしたちに響き生き続けています。(建部賢弘編・終)
桜井進(さくらい・すすむ)
1968年山形県生。東京工業大学理学部数学科、同大学院卒業。
sakurAi Science Factory主宰、サイエンスナビゲーター。東京工業大学世界文明センターフェロー。

在学中から塾講師として教壇に立ち数学や物理を楽しく追求する。講師をする傍ら、身近なものや数学者の人間ドラマを通して数学の楽しさや美しさを伝える「サイエンスエンター テインメント」活動を展開。2000年よりスタートした講演は日本全国で反響をび、現在も数学のロマンをナビゲートし続けている。テレビ出演、聞・雑誌などに掲載され今話題となっている。

【番組出演・新聞・雑誌掲載など】
読売新聞科学欄「サイエンス」講演活動掲載、『めざましテレビ』(フジテレビ)密着取材、『銀幕会議』(フジテレビ)『博士の愛した数式』映画紹介、文科省主催「サイエンスラウンジ」、「サイエン スキャバレー」に出演、雑誌『ダヴィンチ』7月号・8月号にて一青窈さんと対談、『たけしの誰でもピカソ』(テレビ東京)「数学で美しくなる」に数学の伝道師として出演中、他多数。

【著書】
数学のリアル』(東京書籍)、『雪月花の数学』(祥伝社)、『感動する!数学』(海竜社)、『超インド式桜井計算ドリル』(アスコム)、『インド式計算暗算ドリル』監修(宝島社)、『実況解説!インド式算術』(PHP研究所)、『2112年9月3日、ドラえもんは本当に誕生する!』(ソフトバンククリエイティブ)、『数学で美人になる』(マガジンハウス)、『計算しない数学、計算する数学』(共著、技術評論社)、『オトナのための算数・数学やりなおしドリル 』(宝島社)、『天才たちが愛した美しい数式』(PHP研究所)、『数学で宇宙制覇』(海竜社)、任天堂DS『全脳シリーズvol.02 桜井進先生監修 インド式計算全脳ドリル

【公式Webサイト】
sakurAi Science Factory Web Site http://www.ssfactory.net/
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