「張り紙」は憲法を理解するための良い素材だ 困っている人のために憲法は何をできるか

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4)本当に困っている人たちのために

そう思って、もう一度、考えてみる。憲法を待っている人は本当にいるのだろうか。確かに、日々の生活に満足している人たちは、「憲法なんてあってもなくても一緒だ」と思っているかもしれない。しかし、本当に困っている人たちは違う。誰かに助けを、希望を求めている。本当に困っている人たちのために、憲法は何をできるか。それを検討したのが、『憲法という希望』(講談社現代新書)という本だ。

この本では、夫婦別姓訴訟と辺野古基地問題を考えた。民法七五〇条は、夫婦のどちらかが氏を変更しないと法律婚はさせない、と規定するため、多くの別姓希望カップルが、事実婚という不安定な状態にとどまることを余儀なくされている。辺野古基地の建設について、沖縄の人々は、本当に困り果て、心の底から怒っている。

困っている人たちのために、憲法にできることはないのか。実は、結構あるはずだ。憲法を国民がきちんと使いこなせるようになれば、憲法は社会をより良くする力になる。本当に困っている人たちの希望になる。『憲法という希望』では、憲法を神棚に祭り上げるのではなく、憲法を引きずり出そう、現実に役立てようと試みている。

5)憲法を伝えるには?

ただ、本の著者というのは、自分の中で当たり前になっていることがたくさんあり、説明すべきことを説明せず、読者をはてなマークの中に置いてきぼりにしがちだ。私もその例外ではない。例外でないどころか、どんぴしゃりの典型例である。

だから、私の本には、読者の視点から適切な質問を投げかけてくれる人が必要だ。なんと、『憲法という希望』では、国谷裕子さんがその役をやってくださった。皆さんもご存知の通り、国谷さんは、NHK「クローズアップ現代」のキャスターとして活躍した。「伝えるプロ」の国谷さんが投げかける質問は、視聴者が「まさにそこを聞いてほしかった」と思うものばかりだ。

私の一方的な語りを読んで、「いま一つよくわからない」と思った方も、きっと、最後の対談部分を読んだ後には、「なるほど」と感じるところが格段に増えているのではないかと思う。

憲法の潜在力は大きい

『憲法という希望』(上の画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

6)お説教はそろそろ終わりに

憲法は大切だとか、立憲主義は人類普遍の原理だと抽象的に言っても、その大切さはなかなか伝わらない。偉そうなお説教に聞こえ、「憲法なんてうんざりだ」という反発を生むことすらあるだろう。

しかし、本当に困っている人を前に、「すべての人が尊重される社会を作るにはどうしたらいいのだろう」と考えをめぐらすと、憲法の潜在力に気づくはずだ。自ずと、建設的な提案が見えてくる。

異なる個性を持つ人々が共に生きようとする限り、憲法は間違いなく待たれている。憲法にどんな希望が見えるのか。ぜひ、体感してみてほしい。

(講談社「本」10月号掲載)

木村 草太 首都大学東京法学系准教授

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きむら そうた

1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『未完の憲法』(奥平康弘との共著、潮出版社)、『憲法学再入門』(西村裕一との共著、有斐閣)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『憲法の条件』(大澤真幸との共著、NHK出版新書)などがある。

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