労働者の楽園、北九州「角打ち通り」の吸引力 マツコも「残したい」、貴重な酒場の数々

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実は、健さんも来店したらしい。4代目店主の高橋匡一さん(49)によると、父真一さん(84)が東筑高で健さんの後輩。健さんは高校卒業後のある日、店でジュースを飲んで帰ったことがあるという。

時間軸が“あいまい”な店

高橋酒店の店内。まだ外は明るいのに、すでに常連客がコップを傾けていた

コンクリート作りの外観は一見、普通の酒屋。しかし、一歩中に入ると、時間軸があいまいになる。

1918(大正7)年創業。壁に掲げた木製の看板は、横書きで「ルービ ヒサア」と赤い字で書いてある。右から読めば、「アサヒ ビール」。横書きを右から記した戦前に、タイムスリップしたかのようだ。

隣には色あせたポスターが。うつろな瞳でワイングラスを持つ若々しいジュリー(沢田研二さん)だ。その“美貌”は、高度成長期の歌謡ショーの世界へ誘う。棚には、「製鉄所」と書かれた大きなとっくりまであった。夜勤明けの製鉄マンが朝から飲みに来ていた名残で、店は午前9時から開く。

ここで、異変に気付いた。壁の時計の針だ。午後5時を回っていた。ん?ここは駅から300メートルほど。集合した午後4時半からは、まだ10分ほどしかたっていないのに……。店内には角打ちを楽しむ6~7人の常連客。そのなかでも年配の男性客が教えてくれた。

「ここはな、時間が20分進んどるったい(進んでいる)」

首の後ろまで真っ赤だ。日ごろは「工場で働いとる(ている)」というが、この日は「休み」。「俺ら、いっつも深酒で遅くなるけ(から)、早めに家に帰ってね、ちゅー(という)店の気配りたい(です)」と説く。酔っぱらうと時計の針が進んでいることを忘れるらしい。

われわれは軒先のテーブルに鎮座し、冷ややっこ(100円)や焼き鳥(150円)をつまみにラガービールで乾杯した。飲み物は、店の冷蔵庫から取り出すセルフサービス。代金はその都度払う。1時間ほど飲み、代金は割り勘で1人600円だった。

角打ちはハシゴが定番だ。次に向かったのは創業100年を超える「宮原酒店」。店内を見渡すと、さっきの店にいた男性客が……。

「さっきはどうも…」「えへへ」「あんたも好きやねぇ」

ばったり旧友に会ったかのような感覚だ。

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