カオス!東京芸術大学は「最後の秘境」だ そこは「大人の幼稚園」だった

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音楽環境創造科の黒川岳さんも、結構キテる。 著者の「今はどんなことをされてるんですか?」という質問に対して、「今は楽器を荒川に沈めようと思ってます」という回答。楽器を沈めて、錆びついたところで引き上げ、展示したり演奏したりということをやりたいそうなのだが、まだ国土交通省から許可が下りないそうだ。

一方で、先端芸術表現科の村上愛佳さんも負けてはいない。彼女の作品は、アスファルトで車を作って、駐車場に置くというもの。思い立ったきっかけは「アスファルトの上にアスファルトの車があるのって、面白いかなって。」というものであったそうだ。 本当にお疲れ様です!

こうなると気になってくるのは、そんな彼らの将来である。

“他の人は卒業後、何をしているの?”
“半分くらいは行方不明よ”

もう言うことないっす! ビバ藝大!! 素晴らしすぎる!!!

本書を読んでも、決して藝大に入れるようにはならないだろうし、こういう風に自分がなりたいとも思わないだろう。ましてやクリエイティブに仕事をするためのヒントなど、一切得られない。全く役に立たない。本当に役に立たない。これっぽっちも役に立たない。つまり、目的を持って読んではいけない本の典型的な例だ。

表現という手段のみを通じて

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ビジネスの世界では、手段と目的を履き違えると非難されることが多い。だがそれは、効率性という基準のみに基づく判断である。ひとたび経済合理性の外へ広がる世界に足を踏み入れて感じるのは、手段そのものが目的化している人には「勝てっこないわ」という畏敬の念である。

そのうえ彼らは表現という手段のみを通じて、「目標のある人生」「目的のある行為」という当たり前の常識に疑問を投げかけてくる。だから、それぞれの生き方を媒介としたメッセージに思わずシビれるのだ。

一刻も早く、まだ境界線付近にいる彼らの姿を瞼に焼き付けておくことをオススメする。なにせちょっと目を離しているうちに、半数以上は行方不明になってしまうのだから。

無駄なものを作り続けること。それ自体は、本当に無駄なことなのか? 深淵な問いを投げかけながらも、読むだけで童心に帰らせてくれる。まさに現実逃避にうってつけ、ファンタジーのようなノンフィクションだ。

内藤 順 HONZ編集長

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ないとう じゅん / Jun Naito

HONZ編集長。1975年2月4日生まれ、茨城県水戸市出身。早稲田大学理工学部数理科学科卒業。広告会社・営業職勤務。好きなジャンルは、サイエンスもの、スポーツもの、変なもの。好きな本屋は、丸善(丸の内)、東京堂書店(神田)。はまるツボは、対立する二つの概念のせめぎ合い、常識の問い直し、描かれる対象と視点に掛け算のあるもの。

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