(第5回)ツボを押さえた人たち

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稲葉振一郎・山形浩生

教養とは何か、現代日本人に教養は必要なのか--社会思想研究家の稲葉振一郎氏と翻訳家・評論家の山形浩生氏が、さまざまな切り口から「教養」を語る。

 山形 改めて、現代日本人にとっての教養とは何か、ってこと考えたときに、ある一つの知識や情報の体系があって、これこそ現代人必須の教養のパッケージだから、みんなこれを身につけましょう、なんて話ができれば簡単なんですけど、どうもそうではなさそうですね。
 ただ僕のイメージからすると、昔の人を見ると、たとえばH・G・ウェルズ(1866~1946。イギリスのSF作家)とか、小松左京なんかは、知っておくべき教養のパッケージを一通り身につけていたような気がしなくもない。

 稲葉 そうかもしれません。でも、歴史に耐えて残った人たちと残っていない人たちがいて、彼らのように残った人たちに着目すれば、そう見えてしまうという面もあるでしょう。100年後になったら、現在の人たちもそう見える可能性だってありますね。

 山形 もしタイムマシンがあって、たとえばウェルズに、「あなたはすべてのことを知ってると思いますか」と聞いたら、「いやいや、最近は知識の体系も細分化されて、自分の知ってることなんかごく一部ですよ」と言うでしょうね。あくまで、今日の目からは、当時の世界において重要な知識をカバーしていたように見えるというだけかもしれません。

 稲葉 でも一方で、今日のようにインターネットなどを通じて過剰に 情報が流通して、それが徹底的に共有されている、という状況ではないわけですから、押さえるべきポイントは見つけやすかったかもしれないとは、ちょっと思いますね。
 じつは僕にとっても、教養というときに、ウェルズや小松左京をイメージするのは、非常によくわかる話なんです。第1回で、教養とは「自分に欠けているもの」と言いましたが、もうちょっと積極的な意味での教養のイメージは、そこにあります。たとえば小松左京は強烈な個性の持ち主ですが、その個性を越えて、より一般化できるような、教養を身につける方法論を持っていたのではないでしょうか。

 山形 彼はおそらく、「まじめに付け焼き刃をする」といった感覚だったのでしょうね。

 稲葉 小松左京の『日本沈没』には、情報科学者の中田という人物が登場します。小説の中で中田はタスクフォースのリーダーになりますが、彼は、「ツボ」とか「勘どころ」がいかに重要かという話を一生懸命します。それは、小松左京自身の方法論なのだろうなと思うわけです。世の中のすべてを知り尽くすことは不可能だし非効率だけど、でも、世界じゅうを見渡したほうが良いということも事実であって、そのとき、どうやってバランスをとるのか、という意味での方法論ですね。

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