(第3回)「動物化」論と「安楽への全体主義」

稲葉振一郎・山形浩生

教養とは何か、現代日本人に教養は必要なのか--社会思想研究家の稲葉振一郎氏と翻訳家・評論家の山形浩生氏が、さまざまな切り口から「教養」を語る。

 稲葉 「動物化」についての話をもう少し続けましょう。目先の刺激に単純に反応するという状態にある人たちに、「世の中、もっとおもしろいんだから、おもしろがれ」と言うのは無理押しでしょうが、第1回で山形さんが言われたように、その状態に飽きる人もいるはずです。みんながみんな、好奇心にあふれた立派な人間ではありえませんが、誰かがそういう人間であろうとしたときに、そのためのチャンスは開かれていなければならないと思うわけです。

 山形 マウスをクリックすればくだらないものがすぐに手に入る、というのにもやがては飽きて、僕自身も一つの期待として、次の段階に行くだろうと思うわけです。ただ、最近の「動物化」論を見ると、そういう期待は甘いのかなという気もしていて、やっぱり「教養」とかいう話は、アナクロっぽくなっているという印象もあるんですが、さて、それではどうしましょうか、ってことになるわけでして……。

 稲葉 「動物化」に飽きなければ仕方ないわけですが、無視しがたい一定の人たちは飽きるでしょうね。
 最近、藤田省三(1927~2003。政治思想史家)の書いたものを読み返していたら、「安楽への全体主義」というエッセーがありました。これは「動物化」論の先取りと言えます。藤田によれば、「安楽への全体主義」は、「全体主義」という言葉が示すように、危険でもあり、道徳的にも間違っているということになりますが、「動物化」については、ここに安住していることが危険だとか、道徳的にも間違っているという言い方はしにくいですね。前回も取り上げた東浩紀のためらいは、そこにあると思います。

 山形 今日では、「動物化」や「安楽への全体主義」は良くないとか言うためには、藤田とは違った道具立てが必要だということでしょうね。

 稲葉 藤田に言わせれば「安楽への全体主義」、つまり高度消費社会の中に安住することは、一部の特権的に豊かな国の人々が、第三世界を食い物にして初めて可能なことであり、地球環境の搾取だということになります。藤田の枠組みでは、それは道徳的にも悪であり、そこに安住することは間違っていると言えるわけです。

 山形 原理的に言えば、途上国の貧困化や環境破壊とは無関係に、高度消費社会に安住することは十分可能ですね。個別の事例では事情は違うかもしれませんが。

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