南京大虐殺と、“日本人”としての娘の戦い 私と両親と娘にとっての「現代史」

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キッシンジャーが愛する中国

今日まで、娘も私も、多くの中国人と戦争の話をしてきた。

私の場合、極力そうした話を避けようとしてきたが、たまたま向こうが同年輩だと、歴史や戦争の話になることが多い。そうして酒が入れば、「実は、私の叔父は日本軍に杭州で殺された」というようなことを言われることがある。

そういうときは戸惑うが、それならと、私も父の話をする。

反日教育を受けて育った若い世代には、日本人を非難する若者がいる。そういうときは、「国共内戦のときも、大躍進、文化大革命のときも、あなたたちは同じ中国人同士で殺し合ったではないか? それと日中戦争を比べてみればいい。お互いを非難し憎しみ合っても何も生まれない」と言う。

2007年7月、南京大学とジョンズホプキンズ大学の提携が20周年を迎え、盛大な式典が開かれた。来賓にはアメリカからヘンリー・キッシンジャー元国務長官が招かれた。この式典は、南京市長から共産党幹部まで、南京市の有力者がすべて出席し、彼のスピーチに盛大な拍手を送った(ジョンズホプキンズ南京センター20周年式典でのヘンリー・キッシンジャー氏の写真はこちら)。

キッシンジャー氏は、日本より中国が好きで、とくに周恩来を高く評価していた。米中国交樹立の立役者だから、中国にとっては大恩人である。だから、彼が市内を移動するときは厳重警備態勢が敷かれた。新街口の道路の両側には公安がずらっと並び、道路は封鎖された。キッシンジャー氏の南京訪問は、翌日の新聞もテレビニュースもトップ扱いだったという。

そうした厳戒態勢の中、式典後、彼のクルマが向った先は宴会場。そこには、ジョンズホプキンズ南京センターの卒業生が出迎え、南京料理が並び、名物の餃子が山盛りになっていた。 

この式典に参加した娘は、「こんなに中国とアメリカが仲良くなったら、日本は困る」と思ったという。それで、アメリカ人学生にそれを伝えると、こう言われた。

「実は、キッシンジャーは中国は好きだけど、中華料理は嫌いだ。見ろよ、餃子をひとつも食べていないだろ」

教育とは、この世に満ちている誤解と偏見を乗り越える「旅」ではないだろうか? そして、その旅の途上で、子供たちはアイデンティティを確立して大人になる。これができて初めて、本当の教育ではないかと、私は思う。

残念ながら、今の日本の教育は、これができているとは言い難い。特に、重点を置かなければいけない歴史教育はまったくおざなりだ。インターのような国際教育をやれば、必ずしもその欠点をカバーできるとは言えないが、少なくとも、より日本人らしい日本人が育つのではないだろうか?

山田 順 ジャーナリスト

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やまだ じゅん / Jun Yamada

1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、『カッパブックス』編集部を経て、2002年『光文社ペーパーブックス』を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースも手掛ける。著書に『出版大崩壊』『資産フライト』『出版・新聞 絶望未来』『2015年 磯野家の崩壊』などがある。

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