日英ハーフの大学生を悩ますEU離脱の憂鬱 「心の拠り所」を失うかもしれない危機感

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メディアは必要以上に分裂を強調し、その原因は外国人や移民にあるとなじった。なぜかと言えば、彼らが最も攻撃しやすいターゲットだったからだ。そして私は今、生まれて初めて日本人である私の母の身を案じている。大げさに聞こえるかもしれないが、自分自身が英国の公の場で日本語を話すことや、日本人としてのアイデンティティをSNS上で示すことでさえ、少なからず恐怖を感じている。

今や「移民」という言葉には嫌悪感やネガティブな感情がつきまとい、口にするのもしんどい。かつて日本でつらい思いをした私を救ってくれた故郷は大きく変わろうとしている。

Brexitによって、私のような複数の国籍を持つ人たちは、今後、英国とどう付き合っていくか悩み始めている。まず何よりつらいのは離脱するという判断が実際に下されたことである。経済の専門家や政治家、文化的に影響力のある人たちの多くは、離脱はありえないと言っていたし、私の周りも全員同意見だった。にもかかわらず、祖国だと思っていた国の(投票した国民の)半分以上が自分とは根本的に異なる価値観を持っていたという事実は、あまりにも受け入れがたい。

ロンドン市民としての誇りが強くなった

Brexitによって、私のアイデンティティがどう変わったか、と最近よく聞かれるが、そのたびに思い出すのは国民投票が行われた翌朝のことだ。激しい絶望とともに目覚めたが、同時に私のホームタウンであるロンドンでは多くの人が残留に票を投じたことに強い誇りを感じた(うれしいことに、私の選挙区では7割もの人が残留を選んだ)。つまり、Brexitによって私の英国に対する思いは薄くなったが、ロンドン市民としての誇りは一段と強くなったわけである。

「Keep Clam and Carry On」と書かれたポスターは英政府が第二次大戦中初期に作成した宣伝ポスターとして知られる (写真:United Kingdom Government)

今後、Brexitがどのように進んでいくのかはわからない。が、テレサ・メイ新首相は「離脱以外の道はもうない」と明言しており、英国はこのまま難しい未来と直面するよりほかない。一方、ロンドンでは史上初のイスラム教市長であるサディク・カーン氏の下、「ロンドン・イズ・オープン」と銘打ったキャンペーンが始まり、芸術や音楽、スポーツを通じて、より寛容な都市を目指すと同時に、Brexitによって損なわれた英国の国際的な評価を立て直しにかかろうとしている。彼のような政治家の出現は、この国を再び信じてみたいという気にさせる。

しかし今は、今後の政治的展開をもうひとつの母国である日本から見守っていきたい。すべてが不透明であるにもかかわらず、一抹の光を見いだそうとする英国人の確固たる態度や意志の堅さを、遠く離れていても垣間見ることができる。今やすっかり有名になった「Keep calm and carry on (冷静に戦い続けよ)」という言葉通り、英国人には冷静に前に進む精神が宿っているのだ。

カーベル 笑実 東京大学4年生

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1995年福岡県まれ、イギリス育ち。父はイギリス人、母は日本人。3歳でイギリスに渡り、18歳まで過ごす。2014年に東京大学教養学部国際日本研究に入学。

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