日英ハーフの大学生を悩ますEU離脱の憂鬱 「心の拠り所」を失うかもしれない危機感

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 しかし、英国人と日本人の両方のアイデンティティを持って生きることは、そう簡単なことではなかった。それぞれの親戚が地球の反対側にいて、母方と父方の文化が私を違う方向へ導く。言語や礼儀作法が根本的に異なり、自分のルックスは「生粋の日本人でもなく、英国人でもない」。このような複雑な自分の境遇をすんなり受け入れることは難しかった。

異なる国籍や人種を両親に持つ子ども(日本では「Hafu=ハーフ」と称されるが、日本以外ではそう呼ばれることはない。ちなみに、Hafuは和製英語である)が「アイデンティティ・クライシス(自己認識の危機)」に陥るのは珍しい話ではない。本来であればそれぞれの国で100%受け入れられるはずなのに、なぜかどちらにも受け入れられている気がしない。私がそんな状況に慣れるのには長い年月を要した。

「もうひとつの故郷がある」という安心感

もちろん、悪いことばかりではない。私の場合、日本の美しい伝統や文化に誇りを感じることができるし、同時に英国の国際的かつ多様で、ダイナミックな文化を存分に享受することもできる。何より、EUの一員である英国が多くの国と健全な関係を築いていることは、多様な文化の中に生きる多くの人々の人生を豊かにする。ロンドン時代に国籍や文化、宗教などが異なる数多くの人たちと交流できたのは何にも代えがたい経験だ。そのおかげで、英国にいるときは一度として「場違い」だと感じることはなかった。

日本に帰ってきてから、一部の心の狭い日本人に「バカな外国人」扱いをされて泣きながら家路についたこともある。そんなときでも、人種的な統合が進み、多様性が祝福される英国というもうひとつの故郷があると考えるだけで、私の心は救われた。

ところがEU離脱はその英国の別の顔をあらわにし、外国人を嫌い、移民排斥を願う内向き志向な未来を提示した。今、私が恐れているのは、私自身が英国に対してかつてのような信頼感を抱けないかもしれないことだ。人種的な融合も多様性を受け入れる姿勢も、すべては「うわべ」だけだったんじゃかいかとすら感じているのだ。

EU離脱が決まった直後、SNSは離脱派の人々が外国人に見える人たち(その多くは英国生まれだが)に対して、「祖国に帰れ」などといった人種的中傷を及ぼす映像や報道であふれかえっていた。本来であれば、雇用が増えず、生活水準が改善しない原因と責任は政府に求めるべきである。ところが、Brexitはその責任をどういうわけか「外国人」に転嫁し、ゼノフォビア(外国人嫌悪)を堂々と主張できるようにしたことで、英国社会の底流にある人種差別的な側面を引き出してしまった。

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