人間では「絶対勝てない」投資ロボのスゴさ 人工知能が金融を激変させる

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ジョーンズのこの方向転換を後押しした要因は、ジョーンズのような古いスタイルのファンドの低迷とは対照的に、人工知能を駆使した一部のファンドの好調な業績にある。最近のFT紙の報道によれば、ヘッジファンド業界においてコンピュータを使って機械的に運用される資産の規模は、2009年の4080億ドルから、現在は8800億ドル程度まで急増したという。これは円に換算すると90兆円近い巨額の資金である。

人間の投資家の経験や勘に頼らず、数理的な分析によって投資判断を行うファンドをクオンツ・ファンドという。そして、いくつかのクオンツ・ファンドは人工知能の利用にたいへんに積極的である。なかでも近年注目を集めているのは、設立後わずか15年で運用資産を350億ドル(4兆円近く)まで急拡大したツーシグマ・インベストメンツだ。

驚異的パフォーマンス

ツーシグマの2人の創業者は、ひとりがコンピュータ技術者で、ひとりが数学オリンピックでメダルを取得したこともある統計の専門家である。

ツーシグマでは、企業の財務データのみならず、さまざまなニュースやツイッター投稿に至るまで、利用可能なデータをすべて活用して人工知能が運用を行う。資産運用には、さまざまな手法による相場の予想だけでなく、予想のウェイト付けやリスク管理など多様なタスクが求められるが、ツーシグマではそれぞれのタスクの性質に応じて各種の人工知能などの手法を使い分け、全体のパフォーマンスを向上させている。

ツーシグマはこうした先進的な運用手法によって、2014年までの10年間に平均30%のリターンをあげ、ほかのファンドが軒並みマイナス運用となった昨年も15%もの運用成績を上げた。その結果、世界中から投資資金が集まり続け、運用資産が急拡大しているのだ。

またツーシグマは、超高速取引(HFT)の有力業者としても知られている。超高速取引はコンピュータによるロボット取引のなかでも、とりわけスピード狂のロボットのことを指す。そのスピードがどのぐらい速いかというと、1ミリ秒(1000分の1秒)より速いことはもはや常識で、最近では数百ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒)程度、あるいはそれより速い速度の争いになっているという。つまり現在の金融市場では100万分の1秒を切るような速さで取引がなされるのである。

スピード狂のロボットは、そのスピードを武器に先回り取引や、何らかのイベントが発生した場合に誰よりも先に取引することなどで、利益を上げることができるのだ。

ちなみに「先回り取引」とは、誰かの大口取引を察知し、それとほぼ同時、あるいはそれより前に、対応する発注を行うことである。

100万分の1秒と1秒との違いは、1秒と11.6日の違いほどになる。したがって、秒単位で行動する人間トレーダーと超高速のロボットの違いは、敏捷性において動物と植物くらいの違いがある。このようなロボットのスピードに人工知能の優れた頭脳が加われば、人間のトレーダーがまったく太刀打ちできないのは当然のことである。

残念ながら、こうしたヘッジファンドで行われている人工知能技術の研究は、公表されることはなく、彼らの行動は裏舞台に留まることになる。

ビッグデータを活用した驚異的な分析力と、100万分の1秒で取引を執行するスピードは、技術の進歩とともに、今後もますます人間との運用力の差を広げていくだろう。その結果、人工知能のテクノロジーの恩恵を得られない一般の投資家は、市場から消費税のような形でおカネを吸い上げられるようになることは避けられないだろう。

これが、すでに起こりつつある金融市場の未来である。

櫻井 豊 リサーチアンドプライシングテクノロジー株式会社 取締役

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さくらい ゆたか / Yutaka Sakurai

金融市場と金融商品、及び金融技術の専門家。1986年に早稲田大学理工学部数学科を卒業し東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。2000年にソニーのネット銀行設立メンバーに加わり、ソニー銀行執行役員市場運用部長などを経て2010年よりリサーチアンドプライシングテクノロジー株式会社(RPテック)取締役。入行以来ほぼ一貫して金融市場におけるさまざまな金融商品を用いたトレーディング、資産運用などの業務に従事し、金融市場の実態、理論とそこで使われる技術を熟知する。主な著書に『数理ファイナンスの歴史』(金融財政事情研究会)がある。

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