手取り15万円、持ち家でも苦しい45歳の悲哀 非正規は「しょせんその程度の人間」呼ばわり

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昨年、社内の手続きにのっとって正社員への転換を希望したが、人事評価が基準に達していないと言われ、代わりにいくつか業務上の課題を与えられた。正社員になるために、ヒデユキさんは1日も早く課題に取り組みたいのだが、研修担当者は正規採用された新入社員の教育に追われ、自分には一向にその機会が与えられないという。「非正規労働者は能力を向上する機会を奪われている」。ここでもまた、彼の怒りは正社員や、会社へと向かう。

1年ほど前、通帳の残高が1万円を切ったことがあり、「この会社にいては生きていけない」と愕然としたことがきっかけで、今は就職活動もしているのだが、こちらも思いどおりにはいっていない。 

取材を通し、ヒデユキさんと交わしたメールを見るかぎり、文章力は高いし、見せてもらった手帳には欠かすことなく日々の備忘録がつづられている。もちろん、待ち合わせの時間に遅れてくることもなかった。まじめで、几帳面で、きっと普段の出入庫作業でも、商品を取り違えることはほとんどないのだろう。とにかく、彼には社会人として減点するポイントが特に見当たらないのだ。

普通に、あるいは普通以上に能力もやる気も、実績もある人間がどんなに望んでも、「非正規スパイラル」から抜け出すことができず、正社員には戻れない――。「働き方が選べるようになる」。1990年代に入り、そう言って、雇用の流動化を進め、非正規雇用を増やし続けた国や経済界が思い描いたのは、本当にこんな未来だったのか。

非正規労働者にとって地域の絆は「しがらみ」

再び、ヒデユキさんの自宅。

建物の外壁のほとんどはツタに覆われ、玄関先まで延びる道に敷かれた石畳は雑草や枯葉で埋もれていた。それでも、観賞用の石臼などが置かれているのを見ると、新築の頃はきっと趣のある日本家屋だったのだろう。

周辺にはヒデユキさんと同じ姓の表札がかかった家が何軒かあった。親戚にあたる人たちだという。幼なじみも大勢いる。彼は「自分が契約社員であることは誰にも言えない」と言う。生まれ育った地域の絆は、非正規労働者にとってはしがらみでしかない。

ヒデユキさんは毎朝、契約社員であることに引け目を感じながら出勤し、毎晩、痛めた膝を引きずり、正社員への憤りを抱えながら帰宅するのだろう。茂りすぎた庭木のせいで日中でも薄暗いこの家は、日が沈んだら、どれほどの深い闇に覆われるのか。

降りしきる蝉時雨の中、ヒデユキさんの孤独と、閉塞を思った。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

 

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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