(第7回)作詞家・阿久悠のピークは「1977年」前後か?

(第7回)作詞家・阿久悠のピークは「1977年」前後か?

高澤秀次

●作詞の動機は「虚構世界」の創造

 1970年代の半ばに、阿久悠が沢田研二というタレントとめぐり会い、「虚構の世界の水先案内人」を彼に仮託したことの意味は大きい。
 沢田研二というキャラクターを使って、阿久悠はたぶん当時の大衆を、「生活」や日常的「現実」の外へと導こうとしていた。いかにも70年代的な試みとしてである。

 彼は自らの作詞の動機について、「フィクション=虚構の世界」を創造することだと、事あるごとに強調してきた。
 テーマを変えて繰り出されるピンク・レディーの一連のヒット曲が社会現象化したことについては、「テーマ・パーク」を意図したとも語っている。その世界に導かれた子供たちは、魔法のように「現実」離れの疑似体験ができるのだ。
 沢田研二は、「テーマ・パーク」に集う子供たちより、年上の性に目覚めた女性たちのセックス・シンボルになった。熱狂的ファンは、彼に誘われて束の間、「虚構世界」=「異界」を垣間見ることの快感に酔いしれた。ピンク・レディーや沢田研二の意表を突くコスチュームやメイク、振り付けのすべては、この人間離れ、現実離れのための補助手段となった。

 手に入りそうな夢ではなく、手に入りそうもない夢の世界への誘(いざな)い。
 その「虚構の世界」が、70年代的な可能性と限界を同時に備えていたことには、社会学的な裏付けすらある。それは、戦後日本社会の歩んだ道をたどりなおすことで、よりクリアになるだろう。

●「現実」の反対語は?

 東京オリンピック(64年)と大阪万博(70年)、この二つのビッグイベントに象徴されるように、敗戦のショックから立ち直った60年代の日本は、「夢」と「理想」を追究することと、モノの豊かさを追究することに、決定的な矛盾を感じずにすむ経済中心の社会を営々と築き上げていた。

 「夢」や「理想」には、目に見える、物質的裏付けが次々に与えられていった。
 洗濯機、冷蔵庫、掃除機の家電三製品から、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)といった実質的なイメージ(高度経済成長の「三種の神器」)をともなって。日本人のライフスタイルも激変した。
 やがて、そうしたモノの隙間に、形なきソフトウェアが浸透してくる。

 その可能性と限界が明らかになるのが、1970年代だった。
 社会学者の見田宗介は、「現実」の反対語が、「理想」であり「夢」であった時代から、やがてそれが「虚構」に推移してゆくことに注目し、そこに戦後日本社会の変容の意味を重ねている(『現代日本の感覚と理想』)。

 豊かさを手にした多くの日本人が、モノとは無関係な「夢=虚構」に手を伸ばしはじめたのだ。

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