(第6回)ヒット曲『勝手にしやがれ』の「やせ我慢」分析

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●『勝手にしやがれ』の「やせ我慢」分析

 「怨念」や「情念」が大の苦手という阿久悠は、おそらくそのことを徹底的に考えた。
 そこでたどり着いたのが、女に押されっぱなしの時代に向けた、男の「やせ我慢」の美学である。

 たとえば、レコード大賞受賞曲『勝手にしやがれ』である。
 阿久悠自身の解説によると、その「やせ我慢」は次の三段階に分かれていた。

(1)最初は、ベッドで背中を向けて寝ながら、女が出て行く気配を感じている。
(2)それから窓際に立って、ボトルを抱いて出て行く女の後ろ姿を見ている。
(3)そして、夜もふけてから派手なレコードをかけて、ガンガンガンガン歌いまくっている。

 だがこれだけでは、うら悲しい振られ男のやせ我慢にすぎない。重要なのは、この歌を美形のスーパースターに歌わせたことであった。
 沢田研二ではなく、たとえばこの曲を西田敏行が歌ったとしたらどうだろう。
 それでは、ただの"お笑い"になってしまう。退廃美を漂わせたジュリーが、せつなげにシャウトしてはじめて、色っぽい男のやせ我慢のダンディズムは完成するのだ。優れて70年代的な!

 阿久悠の離れ業は、ここで去って行く女の「怨念」や「情念」を見事に消し去ると同時に、その女の後ろ姿よりも、見送る男の前向きのやせ我慢を、より格好良く見せることに成功したことにある。
 「男のシャイ、男のはにかみは、ぶざまさをさらけ出すことによって、相手をいとおしみ、自分を傷つける」(『阿久悠 命の詞-『月刊you』とその時代』)

●タイトルやテーマに“複数のパロディ”を仕込む

 ところでこの歌のタイトルは、戦後フランス映画の新しい波=ヌーベル・バーグの最高傑作の誉れも高い、ジャン=リュック・ゴダール監督の映画『勝手にしやがれ』(59年、フランス)からのいただきである。ジャン=ポール・ベルモンドとアンナ・カリーナという、当時の美男美女を主人公に、甘やかな退廃への誘いを含んだ青春群像を、痛快な活劇に仕立てた傑作である。

 沢田研二という類い希なキャラクターにめぐり会うことで、8年も温めていたそのタイトルが、ようやく歌になったのだ。
 阿久悠という作詞家の才能は、曲のタイトルやテーマに複数のパロディを仕込む、このジャンル横断的な複眼にあった。

 沢田のけだるさを秘めた退廃美は、こうして時代に屹立(きつりつ)する強力な個性となる。

高澤秀次(たかざわ・しゅうじ)
1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。文芸評論家
著書に『吉本隆明1945-2007』(インスクリプト)、『評伝中上健次』 (集英社)、『江藤淳-神話からの覚醒』(筑摩書房)、『戦後日本の 論点-山本七平の見た日本』(ちくま新書)など。『現代小説の方法』 (作品社)ほか中上健次に関する編著多数。 幻の処女作は『ビートたけしの過激発想の構造』(絶版)。
門弟3人、カラオケ持ち歌300曲が自慢のアンチ・ヒップホップ派の歌謡曲ファン。
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