ヘリコプターマネーは「禁じ手」とは言えない 今や無視できないベネフィットと実現可能性

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また、ヘリマネ策は、その定義が論者によって幅があることが議論を混乱させている一因だろう。筆者の定義でいえば、日本の現在の経済政策運営はヘリマネにはかなり距離があるとみている。8月初旬に安倍政権は史上3番目の規模の追加経済対策を行うと発表しているが、実際のGDPの押し上げ効果は最大限で1%程度に過ぎず、過去の追加経済対策と比べても平均的な規模である。

この政策を前提にすれば、財政赤字そして国債発行もほとんど増えないため、ヘリマネに踏み込んだと言えない。日本銀行はすでに市中から大規模な国債購入を行っているが、財政政策によって購入金額が左右されることはない。安倍政権がヘリマネという危険な政策(筆者はそう考えていないが)を行っているとの批判は、かなり的外れだと考えている。

制御不能なインフレは起きるのか

もちろん、今後さらに政府が財政支出を増やすことになれば、これまで減少してきた国債発行が再び増加することになる。その分を恒久的にファイナンスすると日銀が明示的に国債購入を増やすことになれば、それはヘリマネと言える。筆者は、そうした事態が実現する可能性は低いと考えているが、ヘリマネの弊害を主張する論者はそうした状況を恐れているようである。

そして、理論的にはこの政策の行き着く先はインフレ率の上昇である。筆者は、それは脱デフレの実現という望ましい経済状況への正常化と認識している。ただ、ヘリマネを批判する論者は、こうした政策によって極めて高いインフレ率が発生し制御できなくなる、と懸念していると思われる。

もちろん、歴史を振り返れば、日本を含めてハイパーインフレが起きた事例はある。日本でもヘリマネが仮に実現すればインフレ率はかなり高まるだろう。ただ、極めて高いインフレとなり国民の金融資産が紙くずになった過去のケースと冷静に比較すれば、現在の日本などの先進国において、「制御不能なインフレ」は起きないと筆者は考えている。この点について機会があれば詳しく論じたいが、ヘリマネについて建設的な議論ができないことは日本経済にとって不幸である。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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