人生において最も大事な言葉は「ノー」である 介護の技法書から現代を生き抜く哲学を学ぶ

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ユマニチュード誕生までの経緯、介護の現場で起きていることの分析、4つの柱や5つのステップといったユマニチュードの根本思想の紹介など、本文が素晴らしいのはもちろんだ。しかし、なかでも腰を抜かすほど秀逸なのが、本書のエピローグである。それはまるで深遠な詩のようでもあり、それを読むだけでもお金を払う価値がある、とすら私には感じられた。もちろん皆様には、ぜひ全文をお読みいただきたいが、ここではその一部を引用する。

尊重の「ノー」は自由から生まれる

あなたが私に対して「いいえ」と言う権利を持っていると私が知らなければ、あなたの言葉を信じることはできないでしょう。あなたが私に「いいえ」と言えるのは、私を信頼しているからです。強制された「イエス」が恐怖から生まれるとしたら、尊重の「ノー」は自由から生まれます。

 

何度でも繰り返し読みたくなるような、含蓄深い言葉である。ユマニチュードは、1982年に本書の著者の二人がそれまでの介護技法に「ノー」というところから始まった。それまで看護師は、先輩から引き継がれてきたモラルや技法に殉じて、「良かれ」と思いながら、泣き叫ぶ高齢者に対し身体抑制をしてきたという。世界人権宣言にも反する「抑制」という行為を、簡単に選択していたのだ。しかしもちろん、看護師たちの人格に問題があったわけではない。その理由を、本書ではこう説明する。

私の出会った看護師たちは賢く、優しい人たちばかりでした。ただ病院というシステムの中にいると、ある制約の中で生きているので、次第に、「こうせざるを得ない」という発想になりがちです。自分で考え、それまでと違う新しいことをするのは許されないと思っているのかもしれません。

 

病院で連綿と引き継がれてきた技法と、そのベースとなる考え方に、二人は敢然と「ノー」と言ったのだ。エピローグで、「人生において最も大事な言葉は『ノー』だと思っています」と著者は述べている。絆を結ぶ重要性を説く哲学でありながら、大事なのは「イエス」ではなく「ノー」だというのである。また、日本は「イエス」の国だという記述もあった。ここで私の頭の中は少し混乱して、上を向いて、しばし呆然としてしまった。しかし後述するある人の言葉を思い出し、著者の言いたいことに、突然思い至った。

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