天皇陛下「おことば」が国民に投じた重い宿題 あえてメディアを使った理由とは?

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では、「国政に関する権能」とは何か。天皇に「国政に関する権能の行使」が認められないのは、明治憲法下において、軍部が「統治権」の総覧者とされていた天皇を盾に暴走したため、戦後にGHQの意向により、天皇の権限が政治的に利用されないよう、「統治権」が剝奪されたからだ。このような経緯からすれば、「『国政に関する権能』とは、立法権、行政権、司法権のような統治権を行使することや、それに影響を及ぼすような行為をすることを意味する」(同)ということになるだろう。

宮内庁の風岡典之長官は、今回の「おことば」を受けた8日の記者会見で、「憲法上の立場を踏まえたご発言」とし、政治的なメッセージではないと強調している。天皇も「日本国憲法のもとでは、天皇は国政に関する権能を有しない」ということに、「おことば」の中で繰り返し言及していた。しかし、実質的には、具体的な制度の創設を天皇自身が希望する内容といっていいだろう。有識者会議により議論の開始を先延ばしにする配慮をしたところで、今回の「おことば」が立法権や行政権に影響を与えたことは否定できないだろう。

ただし、伊藤弁護士は、今回の特殊な事情を次のように指摘する。

「天皇陛下と直接関係しない問題や、国会で議論されている問題について、陛下が『おことば』を述べられることは憲法に違反するだろう。しかし、陛下にも人権として『ふつうの人間になる権利』が保障されるとの指摘もある。国会が自発的に生前退位を認めるような皇室典範の改正に動くことは考え難いことから、今後、自由な議論のもとで国民や国会に最終的に決定する権利が保障されるのであれば、今回の問題提起は憲法違反ではないだろう」

あえてメディアを使った理由は?

そもそも、今回の「生前退位」をめぐる問題は、7月13日に宮内庁関係者からの情報による、NHKのスクープというルートで立ち現れてきた。宮内庁は内閣府の機関であり、天皇の個人的な意向は、こうした形でなくても事前に政府に伝わっていたはずだ。「情報をリークした点には問題があるが、水面下で指図するよりも、透明性のある方法を選んだ」(伊藤弁護士)と考えられるが、こうした方法でメディアを利用することは、通常ではありえないことだっただろう。また、伊藤弁護士は「今回の『おことば』は、短いながらも生前退位に関する問題点や想定される反論について先回りするなど、かなり周到に作りこまれている」と指摘する。

「今後、皇室典範改正の議論がすすめば、天皇陛下が生前退位に関する『おことば』などの形で、何らかの意見を述べられることは、『国政に関する権能の行使』として憲法に違反する疑いが極めて強い。『おことば』が踏み込んだ内容となっていたのも、最初で最後のチャンスだという、陛下の強いご意思のあらわれといえるのではないか」(同)

確かに、「おことば」の内容を読むと、「象徴」としてのあり方、摂政制度の利用により生じる問題点、天皇自身の経験に基づく崩御による悪影響など、「生前退位」を制度化しない場合の様々な問題点について詳細に言及しており、多くの国民を納得させるだけの説得力があった。この問題が7月に公にされてから、今回までの流れを考えると、戦略的に事が動いているようにも推察される。

天皇は、憲法との関係で緊張が生じることを覚悟の上で、国民に直接、個人的な問題意識を投げかけるという方法を用い、象徴天皇制や、その「象徴」としてのあり方について一石を投じた。「思いを吐露しただけ」という見方も可能かもしれないが、こうした意見表明は、これまでの常識では考えられないものだ。今回の取り組みは「革新的」と言っていいのかもしれない。

敬愛の念を持つ国民が「おことば」を聞けば、「天皇陛下の御意思のままに」といった反応になってしまうのは、心情としてはやむを得ないことだろう。しかし、無批判に受け止めるだけでは、かえって天皇が「国政に関する権能を行使」したことになってしまう。天皇から発せられた歴史的な問題提起を受け止めつつも、その具体的な制度のあり方については国民一人一人が真剣に議論を展開し、「生前退位」を認める条件などについては、慎重に考えていく必要があるだろう。

関田 真也 東洋経済オンライン編集部

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せきた しんや / Shinya Sekita

慶應義塾大学法学部法律学科卒、一橋大学法科大学院修了。2015年より東洋経済オンライン編集部。2018年弁護士登録(東京弁護士会)

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