「青春18きっぷ」ポスター制作の壮絶舞台裏 野犬にも追い掛けられ、ロケ地探しに一苦労

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2001年春ポスターの舞台は日田彦山線・大鶴駅。ホームの向こうに製材所が見える。これが見えないように撮るのが一苦労だった

下灘駅は2000年冬のポスターでも使われた。大きな空の下にぽつりと駅のホームがあるという構図は、当時「どうやって撮ったんだ」と話題になった。現地で同じような写真を撮ろうと思っても、駅前に山が迫っていてカメラを引いて撮るスペースがないのだ。かといって広角レンズで撮ると歪んでしまい、静かで広い感じが出ない。種明かしをするとこのポスターは3枚の写真の合成なのだ。

2001年春の日田彦山線・大鶴駅も下灘駅同様に空が大きく映っており、しかも駅の反対側にある製材所が映っていない。同じ構図で撮るのは不可能に思える。しかし、CGは使っていない。「ローアングルで撮れば製材所は映らない」(長根さん)。農家の人にお願いして、畑を掘らせてもらって、三脚とカメラマンが穴の中に入ってカメラだけを地上に出して、狙い通りの写真を撮ることができたという。

菜の花の”開花”は大変だった

青春18きっぷの歴代ポスターが展示された会場には歴代最高となる5557人が来場した(撮影:込山富秀)

季節感たっぷりの青春18きっぷのポスターだが、実はポスターの撮影は数カ月前に行なわれている。春のポスターだったら冬に撮影されるのだ。季節を先取りしての撮影に苦労が絶えないのは言うまでもない。

1999年春のポスターは九大本線・野矢〜由布院間。ポスターの端に菜の花が咲いているが、九州で菜の花が開花するのは4月上旬。撮影時期は冬なので菜の花が咲いているはずはない。そこで、千葉県の青果市場で食用のまだつぼみの菜の花を段ボール4、5箱分買い込んでロケ地に持ち込んだ。「部屋の暖房をガンガンたいて、2~3日かけて開花させたものを1本1本茶畑に植えて撮影しました」(長根さん)。撮影が終わった菜の花は撮影に協力してくれた農家に進呈。ずいぶん喜ばれたそうだ。

2008年夏は室蘭本線有珠〜長和間。水が張られた水田は水鏡のように青い空を映し出す。ところが撮影時期にはなかなか水が張られなかった。そこで仕方なく水がない状態で撮影。JRからOKは得られ、ロケは終わって撮影部隊も東京に引き上げた。しかし、長根さんだけがその後も1週間粘った。「水が張られていないとダメだという変な使命感から、締め切りギリギリまで粘ったら、最後の最後に水が入って晴れてくれました」。印刷の製版をやり直すためには本当にギリギリのタイミング。航空便では間に合わず、長根さんがトイレ休憩もせず車を飛ばして納品した。「さすがにそのあとは寝込んでしまいました」(長根さん)。

最新のポスターは肥薩線・真幸駅。コピーは「こののどかさこそ、真の幸せなのかもしれません」。でも“のどかな”ポスターの舞台裏では、やっぱりスタッフたちが奮闘努力していたのかもしれない。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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