殺人犯たちはフルマラソンに何を見出すのか 打ちのめされた誇りを賭けて自分と戦う

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そうした悪名や、暗黒の中世を思わせる物々しい雰囲気とは対照的に、ここサン・クエンティンは、全米の刑務所を見渡しても模範的といえるまでの更生プログラムの宝庫なのだ。その種類は140にもなり、ウォール街での株式投資からシェイクスピア劇にいたるまでの活動で、服役期間をいささかなりとも生産的なものにしようとすることができる。ベイエリア郊外の富裕層がボランティアとしてそうした活動を支えており、フランク・ルオナがここで「1000マイル・クラブ」のコーチになったのも、そうした経緯からだった。受刑者ランナーたちのコーチを探していた刑務官から2005年に電話があり、ランナー仲間のツテを当たったが手を挙げる者はなく、それなら俺がやるしかなかろうということで、建設請負業を営むルオナがコーチ役を買って出たのだ。

犯した罪を償うためにできるだけのことをしたい

だが、19世紀以来のこの刑務所は5階建ての獄舎が有刺鉄線に取り巻かれて冷たく禍々しくそびえ立ち、誰もが気落ちし、魂を縮こめずにはいられない場所だった。けれども、そんな環境下でも、犯した罪を償うためにできるだけのことをしたい、そのために走りたいと考える男たちがいたのだ。

ルオナが最初にやらねばならなかったのは、囚人ランナーたちにまともな靴を履かせることだ。そこに立ちはだかったのが、刑務所の杓子定規な服装規定だ。青いナイキのロゴマークも、オレンジ色のストライプも、エアソールも、ルオナが差し入れようとした靴はことごとく、囚人間に差別を生じさせるからという理由で突き返された。黒い靴も認められかけてアウトになり、最終的にOKになったのは、白とグレーだけだった。

しかも、受刑者ランナーたちの足かせはそれだけではない。霧が深く立ちこめる日には、ランニングコースは立ち入り禁止になる。監視塔で小銃をにぎる刑務官たちの視界が利かなくなるからだ。さらに、感染症もまた妨げとなる。2012年には水疱瘡が、2015年にはレジオネラ菌が原因で、コースに出ることができなくなった。

受刑者たちが敷地内を走るマラソンは毎年開催され、今年は3700名の受刑者のうち、25名が出場、完走はわずか7人

そうしてようやく迎えたのが、11月のこの金曜日だ。空はくっきりと晴れわたり、絶好のマラソン日和。開会式もファンファーレもないけれど、刑務所マラソンの第8回を無事に迎えることができた。ランナーたちが受け取れるのは、パワーポイントで手作りされた参加証明書だけ。仮釈放の日を指折り数える囚人もいるにはいるが、ほとんどのランナーにはそんな話など別世界の夢物語で、彼らはこの塀の中で死ぬしかないのだ。

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